第5話 新居を内見
玄関のドアは、外から固く閉じられている。
私が今いるのは塔の一階。玄関のドアを背にして右に、二階に上がる階段が見える。壁には所々に小さな窓があるけれど、今はもう日が沈んでしまったから窓の外は暗い。
だが室内にはあちらこちらに照明が置かれているので、外から見るよりは明るかった。これなら思ったよりずっと快適に過ごせそう。
照明の魔道具は白いすりガラスでできている。握りこぶしくらいの大きさの雫型のガラスはコロンと丸くてかわいい。中には魔石が入っていて、それがぼうっと光っている。暖かいオレンジ色の光。
これは王宮内のいろんな場所に使われている普及型の明かりの魔道具だ。貴族の人たちが好んで使うような高級品じゃあない。でも上部に繊細な銀色の魔道回路が装飾のように施されているのが、実用的なのにおしゃれだなって思う。
階段の横を通り抜けるようにまっすぐな廊下がある。その左右と正面には古びた木の扉があった。
全部の部屋を確認しようと思って、まずは廊下の突き当りのドアを開けてみる。
「ここは、物置ね」
ウォークインクローゼットのような窓のない小さな部屋で、天井から一つだけ灯りの魔道具が下がっている。三方の壁にはそれぞれ作り付けの棚。
私がここに来ることになってから用意したらしく、真新しいタオルやシーツなどがいくつか置かれていた。
棚にはまだ空きが多いし、もしかしたら今後必要なものが明日以降に運びこまれるかもしれない。
物置を出てもう一つの扉を開けると、四畳半くらいの小さな部屋だった。ベッドと最小限の家具がある。おそらくメイドの休憩室だろう。
本来ならここに泊りがけで世話をしてくれるメイドがいたのかな。
ベッドには真新しいシーツがかけられているけど、それだけだ。窓は小さくて日当たりも悪そうだし、この部屋を使うことはないと思う。
残る一つの部屋はキッチンだった。
食器や調味料、保存のきく食べ物がわずかにあるが、調理器具などは全く置かれていない。
「木の実と干したフルーツ。それにガチガチに固いパン……。古くはなさそうだし、つまみ食い用かな?これはデリバリーに期待するしかないわね」
メイドの部屋と台所には小さな窓があるけれど、階段の窓と同じようにガラスが嵌っている。
もともと幽閉用に作られた塔のようだし、窓が開かないのは逃亡防止でしょうね。
地下室に向かう下り階段とか隠し部屋がないかどうか探したけど、残念ながら見つからなかった。ちょっとだけ楽しみにしていたのに。
一階の見学はこれくらいにして、玄関ホールに戻って二階に上がってみよう。
階段は狭くて、塔の外壁に沿って回るように二階に続いている。
二階にはドレスの着替えもできそうな広めの洗面所とお風呂。それにトイレと、一階のメイドの部屋と同じくらいの物置部屋があった。
お風呂とトイレは思ったよりもずいぶんきれい。最新式の魔道具を使ったものだ。
城の中はそれなりに上下水道も整っているのだが、こういう小さな塔までは水道を引いていない。そのため、水回りは全部魔道具で補っているんだろう。
トイレも水洗で、流した汚物は乾燥圧縮され、床下のタンクに溜まる。
この魔道具仕様トイレってかなり優秀で、魔法の恩恵ここに極まれりって感じなのよ。臭いもないし便座も暖かい。貴族家では、あえて下水道は使わずに魔道具仕様にしていることもあるとか。汚物をタンクは空間魔法が使われていて容量も大きい。だから当分は汚物があふれる心配もない。さすがに何年分も溜められるわけじゃないけど、たまにはメイドが掃除に来たりしてくれるはず。
そうだ。三階に上がる前にトイレを済ませておこうかな。
まずはトイレを起動するために、ほんの少し魔力を流し……。
………………。
流せない!
そうだ。
私、魔力を封じられていたのだった。
「え……ということは、温かい便座が使えないだけじゃなくて、もしかして水も流せない!?」
常時点灯の灯りの魔道具と違って、トイレは使うたびに自分の魔力を少し流して起動する仕組みになっている。
魔力を流さなければ、汚物はそのまま……。
「……詰んだ」
トイレに行くたびに騎士を呼んで流してもらう?
それはないわー。
私の経験値を前世分全部足しても、自分の排せつ物を騎士に見せるほどの恥ずかしさに耐えられそうにない。しかも一日に何度も。
どうすればいいの?
したまま溜めておく?
いや、ないない。そんなの嫌。
さすがに無理だわ。
メイドに来てもらう?
トイレを流してもらうために?
来てくれたら騎士に頼むよりはまだいいのかもしれないけど、やっぱり嫌だ。
それにトイレした後で騎士にメイドを呼ぶようお願いするとして「駄目です。私が行きましょう」って言われたら……。
「完全に、詰んだわね」
綺麗な最新式の魔道具仕様トイレの前で、私はがっくりと膝をついた。
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