第32話 身体

「大丈夫か? 気分が悪いのか?」

「ううん。ちょっと足が痛いけど、大丈夫」

「だったらいいが……説明の途中で急に人形に憑依したから驚いた」

「私、どうなってるの?」


 自分の身体を見てみる。

 手は普通に人の手のようだ。布で作った人形っぽい質感じゃない、本当に人のような皮膚がある。

 顔の横にパサッと落ちてきた髪の毛は金色。これも自分の髪によく似てると思う。あと、服も着てる。眠りにつく時に着ていたピンク色のドレスだ。

 足もちゃんと人の形で、靴は履いていない。そして腕に魔力封じの腕輪はもちろんついていない。

 両方の手で顔を触ると、しっかりと感覚が伝わる。

 床に座り込んでる感覚もある!

 私、いま、透明じゃない!


 そして目の前に近づいてきたディーの顔が巨大すぎる。ということは……。


「人形のサイズになってるな」

「なんと」


 人形の大きさは三十センチくらいだったので、並んだら頭の位置はチョコよりも下になりそう。今はテーブルの上にいるので背比べできないけどね。

 それにしても、ディーが私と同じくらいびっくりした顔になってるのはなぜ。


「俺もこの人形を使ったのは初めてなんだ」

『精霊が仮の体に入る時は、器と精霊の性質の両方が現れる。私の場合は器の性質が出たのがこの黒い色だ。主の場合は器のサイズに影響されたのだろう。小さくなったが見た目は主そのままに見える』

「ああ、そうなのね。チョコと同じ状態になってるんだ、私。あ、ということはチョコが前に大きくなれてたのなら私も普通の人間サイズになれるのかな?」

『それなりの魔力を消費すれば、姿かたちは変えられる。だが、もう少し魔力の扱いに慣れないと難しいだろう。主はまだ精霊としての魔力の使い方に慣れていない』


 なるほど。大きくなるイメージ……。

 大きくなあれ、大きくなあれ。

 えい!

 ……って、ダメだな。


「なるほど無理みたい」

「だが、実体ができたんだ。飯は食えそうか?」

「うん!」

「手掴みで肉は、さすがに無理か。パンはどうだ?」

「食べる!」


 ちょうど目の前においしそうなパンの山がある。一抱えもある巨大なパンを少しだけ千切ってもらって、手に取った。


「おいしい……」


 もうずいぶん長いこと何も食べてない気がしてる。実はまだ塔に閉じ込められたときから一日しか経ってないけどね。

 それでも一日ぶりに食べる食事は、とても、特別においしかった。


 ところで、チョコが「何も食べなくてもいい」と言っていたのは、今なら少し分かる。

 ディーにちぎってもらったパンは今の身体には大きすぎるサイズだったけど、全部ペロッと食べてしまった。それがお腹の中に物が溜まる感覚はなくて、全部がすぐに何らかのエネルギーに変換されているような気がする。どうも、人間が何かものを食べるのとは少し違う感覚みたい。

 食べれるし美味しいけど、食べなくても魔力で動けそう。

 もちろん食べれるって素晴らしいから、そんなことどうでもいいんだけどね!

 気分が悪くなるわけでもないし、調子は食べる前よりもいい。


 それに物を持てるってのが地味に嬉しいよ。魔物と対峙したとき、石のひとつも持てなくて心細かったもの。

 今は透き通った体の時よりは少し重力を感じるけど、もともとの人間の身体よりはかなり身軽に動けると思う。


 面白いなあと思いながらテーブルの上で歩いたりジャンプしたりしているうちに、ディーが食事を全部食べ終わった。

 ちなみにピピピは皿の上の肉を何度も取りに来て、結局ディーの皿から半分近く強奪して食べた。


「さて、俺はそろそろダンジョンに行くが、リアもまた行くか?」

「もちろん!乗り掛かった舟よ」

「じゃあ人形から出てから出発だ」

「どうやって?」

「ん?」



 不思議そうな顔をするディー。

 いや、精霊魔法使いなんだし、この魔道具出してきたのもディーだし、出方も知っているのでは?


「分らないぞ。使ったのも初めてで、これは俺が使うんじゃなくて精霊が使うような仕様だからな」

「えー。スイッチがあるわけでもないし……。あ、もしや頭の魔石がスイッチに」


 頭を触ってみたけど、それらしいものがない。


「人形には頭に魔石と回路が付いていたが、今は見えないな」

『魔石とは核、守らねばならぬもの。今は体の中に取り込まれているはずだ。魔石を割れば魔物は死ぬ。精霊は器の核が割れても死にはしないが、大きなダメージを負って身体を失う』

「つまり死ぬほど痛い目に合わないと人形から出れない……と?」

『他にも方法はある。私の場合は主との契約を解消した場合。あるいは魔石の魔力を全部使い切るか、自分の意志で出るか』

「意志で出る方法があるならそれで!」

『精霊は小さな契約を何度も繰り返して体感する。説明は難しい』

「ええぇ……」

『ぴぴぴ、スキ。ちいさいきらきら、スキ』


 しょんぼりした私の頭の上に、ピピピが止まった。私の頭より大きいのに案外軽い。

 ピピピの言う『小さいキラキラ』って、私のことらしい。あ、そうか。もしかして髪の毛が金髪だからキラキラ?


「すまないな。こんなことになるとは思っていなかった」

「ううん、いい。私もパンを食べたかったし、透明よりも小さくても身体があるほうが良いと思う」

「その身体じゃあ、危険かもしれんな。街に残るほうがいいか」

「いえ、ついて行くわ。一人で街に残るのは逆に不安。それに身体を動かしたほうが、今の状態に慣れそうな気がするもの」


 だったらまあ……と、少し心配そうにうなずくディー。

 知り合ってまだ一日だけど、ほんと優しい人だと思う。見ず知らずの薬師見習いの少年も命がけで守ってたし、私のことも本気で心配してくれてる。

 最初に出会えたのがディーでよかった。


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