第31話 食べるって大事

 食堂は二階にあった。

 テーブルと椅子がたくさん並んでいて、五十人は入れそうな大きさだ。


「すごい広いね。人はほとんどいないのに」

「仕事が終わるとここで飲むやつも多いんだ。情報を集めるのに一番手っ取り早い場所だからな」

「なるほど」


 入り口近くのカウンターで注文して、受け取ってから自分でテーブルに運ぶ。

 チョコやピピピを連れて入っても大丈夫なのかと心配したんだけど、大丈夫だって。冒険者が動物を仕事に使うのは、そう珍しいことではないらしい。さすがに馬とかの大型動物は建物内には入れることができなくて、外に獣舎がある。小型動物は預ける場所もないし場所も取らないから、たいていの場所には入れる。

 人のいない窓際の席に行き、ディーが座る。

 立ったままの私を見て、「あっ」みたいな顔で立ち上がると、向かいの席に座りなおした。


「俺が座った後で悪いが……。椅子を動かしたからそこならリアも座れるだろう」

「ありがとう!」


 疲れるわけじゃないけど、人が座って食事してるのに立ってうろうろするのはなんだか落ち着かない。

 ディーが無造作に椅子をずらして席を立ったところに、ちょこんと座った。

 テーブルの上には山盛りの肉とパン、それに野菜ジュースみたいなものがある。


「おいしそうね」

「リアは食べられないんだよな?俺だけすまないな」

『ぴぴぴ、タベる』

「おう。さすが大食らいのムシクイだ。この肉でいいか」

『にく、にく、ウマイ』

「チョコも何か食べるか?」

『私は物を食べずとも生きていける』


 チョコが身体を得たのは、フルーツが食べたかったからだっけ。

 食べなくても生きていけるとしても、本当は食べたいんじゃないのかな。


「遠慮しなくても、多めに貰ってきたから食っていいぞ」

『……』

「もし食べれるんだったら、ディーもくれるって言ってるんだし、貰えば?」

『……主がそういうなら』


 あ、そうか。

 チョコは食べることができない私に遠慮してたのか。

 ディーの皿の中からパンをひとつ口に入れてもらいパクリと食べてから、チョコはしばらく黙っていた。


「どうしたの?」

『これが食べるということなのだな』

「もしかして、何かを食べたのは初めてなの?ダンジョンでは何も?」

『そうだ。襲ってきた魔物を噛み殺したことはあるが、食いたいとは思わなかった』

「そか。元々、果物が食べたいって言ってたもんね。肉より植物のほうが好きなのかも。パンはどうだった?」

『面白いものだ。食べるとは面白いことだと思う』

「よかった。ディー、ありがとう!」


 本当にありがとう。

 ディーにとってはただ一切れのパンだけど、チョコには特別な体験だった。契約でつながっている私にはチョコの感情が少しわかる。


「いや、その……すまんな。リアには分けてあげられなく……あ、待てよ」


 ディーが急に背負い袋の中をごそごそ探り始めた。

 そして取り出したのは布でできた何か……えっと、お人形にんぎょう


人形ひとがたという魔道具なんだが」


 なるほど、魔道具。その人形にはビー玉くらいの黒い魔石が金銀の糸で縫い付けられている。それが魔道具の回路だろう。ちょうど頭の部分で、ティアラのように見える。

 そこだけがすごく凝った造りで、そのほかのパーツは胴体に細長い手足を縫い付けただけみたい。頭も魔石の周りだけがきらびやかで、目とか鼻とかなくてただ丸い布のボールを胴体にくっつけてるだけ。

 人形としての出来はイマイチと言わざるを得ない。


「何に使う魔道具なの?」

「精霊を憑依させる道具なんだ。たまに精霊に実体を持たせたい時に使うもので、この魔石に」

「ああ、魔力を流せばいいのかな?やってみるね」


 魔道具の使い方ってのはだいたいどれも似たようなもので、魔石にチョロっと自分の魔力を流すと起動する。

 どのくらいの魔力が必要なのかはその魔道具によって違うが、ほんの少しで済むものが多い。たいていは起動するだけで動かすときにはその魔石自体の魔力を使うからだ。

 もちろん中には自分の魔力を流し続けて使うような道具もある。それでも魔力が足りなくなったら、人が持つ本能の力で、自然と魔道具との接続が切れる。

 つまりどんな魔道具であれ、吸い取られ過ぎて危険なんてことはない。


「ちょ、ちょっとま……」


 黒い魔石はオニキスみたいでとても綺麗だ。そこにちょっと魔力を流せば、ほら、起動して……。


「きゃあああああ」


 目の前がぐるんと回って、どっちが床か天井か分からなくなる。

 とっさに目をつぶってしゃがもうとした。けど、上手くしゃがめなくてこけた。


「痛ったぁ……あれ?」


 痛い。転んで、膝を打った感覚がある。

 目を開けたら、目の前に心配そうに私の目をのぞき込むディーの、巨大な顔があった。


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