第23話 犬を拾いました
目の前に、一匹の小さな黒柴がいた。
「え、うそ、犬?」
黒柴は私の膝の高さよりちょっと大きいかな。この広間の草原の真ん中に立ったまま動かない。
そこはさっきまで私よりも背の高い巨大な魔物がいた場所で……。
『
また、頭の中に声が聞こえた。だけど、さっきまでの話の通じない命令口調の声じゃない。
もしかして、この犬が?
「あなたが喋ったの?」
『そうだ』
「主って?」
『私はこのダンジョンの核の僕。主がこのダンジョンの核を取り込んだ。ゆえに私の主だ』
なんとも不可解。
この黒柴が、さっきの魔物だというのは間違いなさそう。私のスキルで動きを止められているから分かる。
時間停止なので普通は小さくなったり話しかけたりもしないはずだけど……。
『私は主に従属するもの。主と繋がっている。ゆえに今こうして話しかけることができる』
「従属と言われても。私、あなたを従えるような特殊なスキルは持ってないんだけど……」
動物や魔物と契約したり操ったりするスキルや魔道具はある。一般にテイム系と言われるスキルだが、もちろん私はそんなものは持っていない。
『私はこのダンジョンの核と契約して、ここを守っていた。その契約ごと、主が核を取り込んだのだ』
「また契約の話。私は契約なんてしたくないのに」
『主がそう望むなら、この契約は破棄されるだろう。そして私はこの身体を失う』
「ちょ、待って待って!体を失うってどういうこと!? 」
『私は主と同じく精霊だ。ダンジョンの核と契約して、この身体と住処を貰い、魔力を受け取っていた。私の仕事はここに侵入する者を倒すこと。本当は主と戦い為すすべもなく負けた私は、その時にこの身体を失ってもしかたなかった。がしかし主が核を取り込んだことで、私自身も契約もこうして残っている。主が契約を破棄すれば、この身体は返さねばならない』
私は精霊じゃないけど、そんなことはさておき。
「もし契約を破棄して身体がなくなったら、どうなるの?」
『主が攻撃をせずに時間を止めただけなので、私にダメージはない。身体を失えばまたどこか、好きなところに行くだろう。一度果物というものを食べてみたかったが、今更せんなきこと』
目の前の柴犬は確かに動きが止まったままなのに、心なしかしょんぼりとシッポが下がり気味に見える。
いや、気のせいだろうけど。
なんだか可哀そうになってきた。
さっきまで魔物だったモノは今、ちょっと変わった毛色の柴犬にしか見えない。そしてその実は精霊だという。そんな存在の望みが、果物を食べたいなんて……。
私が契約を破棄したらもう果物が食べられないってこと?
「いったい何が何だか……。もうちょっとだけ詳しく事情を教えてくれる?」
『それが主の望みであれば。その核は元々はこの地下に住むケルベロスという魔物だった。死んでなお側に寄ってきた魔物たちを取り込んで巨大化し、ついにこの場にダンジョンを作ったのだ』
彼は精霊だけれど、ほんの数日前にこの近くを走っていたときにこのダンジョンに吸い込まれたという。元々は犬っぽい姿をした風の精霊だったらしい。魔力も大きくて、そのせいでこのダンジョンの核に狙われた。
ちょうど今日の私と同じ状況だったのか。
彼が言うには、このダンジョンは出来てからまだ日が浅く、核は自分を守る護衛が欲しがっていた。そこでこのダンジョンの中で死んだ炎犬の子の死骸を精霊に依り代として与え、代わりにこの場を守るような契約を結んだ。
柴犬はまだ精霊だった時に、地上で見かけた果物を食べてみたいとずっと思っていた。もちろん精霊の姿では果物に触ることもできない。
それって、今の私が何も触れないのと同じ。
けれど身体を得た今は物を食べることができる。
だからここに草原を作り、いつか木が生えて果物が実るまでここの護衛として契約をすることにした。
そして初めて訪れた私に負けて、さらに私が核を取り込んでしまったので……。
「なるほど。つまり、今は私があなたの主人?」
『そうだ』
「契約を破棄したらあなたは身体を失う?」
『そうだ』
「もしこのまま契約を続けるとしたら、どうなるの?」
『私は主から魔力を受け取り、主を守ることになるだろう』
私も昨日、人が美味しそうに食べているのを見てすごく食べたいって思ったんだった。でも触ることもできなかった。この柴犬の気持ちは少しわかる。
この広間は元々は炎系のスキルを持つケルベロスの住処だった。焼き払われて黒く焦げた土地は、柴犬がこの部屋の守護者になったことで草原に姿を変えたらしい。
「もし今、動けるようになっても、さっきみたいに巨大化して私を襲ったりしない?」
『主のことを襲ったりはしない。精霊は気まぐれだが、契約は守るものだ』
契約なんてもうこりごりと思っていたけれど……、この柴犬のこと、一度信じてみようかな。
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