第22話 会話の通じない謎の存在

 丸い珠は、黒かと見間違うような暗い赤だ。

 いや、そうじゃない。

 真っ赤な珠の周りを、薄く黒い霧のようなものが覆っているんだ。

 珠はもしかしたら魔石かもしれない。それにしてはすごく大きいけど。

 魔石は元々は魔物の体内で作られる、魔力の結晶のようなものだ。形は丸いものが多いけれど、いびつなものも色々ある。小さいものは豆粒くらいで、普通は大きくてもリンゴほどのサイズ。

 目の前にあるこの赤い石は人の頭くらいの大きさがあった。


『我と契約せよ』


 魔石を覆う黒い霧が揺れて、同時に頭のなかに言葉が響く。


「さっきまで話していたのはこの魔石だったの?」

『我と契約せよ』

「話が通じないわね」

『契約する気がないのであれば、我に取り込んでくれよう』

「ほんと話が…きゃっ」


 ブワッと黒い霧が膨らむ。それは三本に分かれて細長く触手のようにこっちに伸びてきた。


「契約なんてしない。こっちに来ないで!」


 後ずさりしたが、霧はあっという間に触手を伸ばして私に触れる。

 気持ち悪い。

 触手は私の両手と胴に絡みついて、その先端が噛みついてきた。


「痛っ」


 振り払おうと手を振っても取れない。

 そして噛みついたところから私の魔力を吸おうとしているみたい。

 すごく気持ち悪い。


「やめて。ストップ!」

『我に力をよこせ』

「いやよ」


 黒い霧は動きを止めない。スキルが全然効かないなんて…。今までそんなことはなかった。いったいどうなってるの!?

 そうするうちにもどんどん魔力を吸い取られていく。

 スキルは効かないし、魔力は減るし。怖いとか気持ち悪いとかいう気持ちを通り越して、なんかだんだん腹が立ってきた。


『我に力をよこせ』

「いい加減にしなさいよ!」


 右手に絡みついている霧を両手で掴んでみた。

 霧は意外にも手でガッチリ掴めた。

 いや、こっちも絡まれて噛まれているんだから、そういうものかもしれないけど。霧が掴めるなんて意外にもほどがある。

 しかし掴めるのなら、大人しく吸い取られたままでいることはない。

 足にぐっと力を入れて、手で掴んだ触手を思いっきり引っ張った。


 すぽんっ。


 一本の触手が魔石から抜けた。

 そしてふわふわッと形を崩して、そのまま噛みついていたところから私の中に吸い込まれた。

 え、どういうこと?

 さっきまで減り続けていた魔力が一気に元に戻ったどころか、前よりもっと増えてる気がする。

 びっくりしたけど考察はあと。残った二本の触手のうち左手に絡みついているのを掴んで、引っ張る。

 すぽんっ。

 右手のやつよりももっと簡単に魔石から引き抜けた。

 そして同じように私に吸い込まれて消える。

 最後はお腹に噛みついているこいつ。

 もう全然抵抗もなく、スルッと引き抜けた。引き抜けてしまった霧はやはり全部、自分の中に吸収されてしまったっぽい。

 お腹痛くなりそう。

 ……けど体調が悪くなる様子は全くないわね。

 逆に魔力が満ち溢れて、すごく元気になったかもしれない。


 何が起こったのか理解できないけど、とりあえず現状確認だ。

 自分の体をパタパタと触ってみた。さっきまで黒い霧に噛みつかれていた手やお腹も、今はなんの異常も見えない。

 顔を上げて、さっきまで黒い霧に覆われていた魔石をみる。そこには赤い珠も黒い霧もなくて、ただ透明な丸い水晶玉があるだけだった。

 魔石が透明な水晶玉になっているのは、その魔力が全部抜けてしまったということを意味する。

 そして、さっきまで聞こえていた声が今はもう聞こえない。


「あー、もう。何が何だか全然わかんない!」


 丸い大きな水晶玉は、もう安全そうなので、恐る恐る手を伸ばしてみた。


「あ、これは……触れないの?」


 魔物も触れたからきっとこれも触れるだろうと思い込んでいたみたい。スルッと手が水晶玉を突き抜けて、ビックリしてしまった。

 けど、そうね。基本的に今の私の身体は物を触れないんだった。


 意味不明なことを言って襲ってきた不気味な存在は消えたし、さっさと上に行く道を探さないと。

 ディーが心配してるかもしれないし。置いて行かれてるかもしれないけどそれだとちょっとショックだな。


 この広間の奥には先に続く道はなさそう。来た道を戻るしかないわね。

 と、広間の中央に向かって振り向いた。

 そこに居たのは、一匹の小さな黒柴だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る