第28話 ムシクイ・大喰

「ちょっとこいつを見ててくれ。また誰かが落ちたりしないように、穴のところに印を立てておく」

「はーい」


 ディーが草むらに少年を置いて、落ちた場所を探しに行った。


「そういえばチョコ、人がいっぱいいる街に行くのは嫌じゃない?」

『まだこの身体を得る前に、人間の街に入ったことはある。特別何とも思わない。主が行く場所なら私もついて行く』

「よかった」


 ピピピ。


 頭上からかわいい声がした。上を見ると、青い鳥が私の頭の上をくるくる回りながら飛んでいる。


「春の空の妖精……じゃなくてムシクイだったっけ」

大喰おおぐらいか』

「チョコは大喰って呼んでるの? だんだん酷い呼び方になっていく……」

「ピピピ、ピピピ」

『この大喰は主と契約したいと言っている』

「へええ、チョコはこの鳥と話せるんだ?」

『大喰は普通あまり話したりしないが。この個体は主に興味を持ったようだ』

「ふーん。契約はあまり気が進まないな」

『主と私のような強い契約ではない。魔力を少しくれたら代わりに何かあげるとか、それくらいのことのようだ』

「ほほう。野鳥に餌やりする感覚かな?少しくらいならかまわないけど、どうやったらいいんだろう。こんな感じかな?」


 手をムシクイのほうに伸ばして、指先からほんの少しだけ、魔道具を使う時の要領で魔力を流してみた。


「ピピピ、ピピピピピ!」


 ムシクイは指の先に止まって、何かをついばむような様子を見せた。

 あ、ちょっと魔力が食べられたの、分かるわ。うん。魔道具使う時っぽい。

 面白いなあ。

 と考えていたらいきなり指先の虫食いが、ボンっと一回り大きくなった。元はスズメサイズだったけど、今のムシクイはハトを少し小さくしたくらいの大きさだ。


「わっ」

『きらきら、スキ。ぴぴぴ。えさ、アゲル』


 そしてピピピと鳴きながら指先から飛んで、どこかに行った。鳴き声と一緒に頭に副音声が聞こえた気がした。


「おおっ! 今、ムシクイが喋った?」

『主の与えた魔力が多すぎる。食べ過ぎて急速に成長した。主に言葉が分かるようになったのもそのせいだろう』

「そんなことが……。あっ、ねえねえ! さっきのムシクイ、私の指に止まれたね」

『大喰は魔力密度が高い。精霊や魔物に近い生き物だ。精霊は体を持たないが、魔力密度の高いモノには触れることができる』


 へええ。私が魔物に触れたり攻撃されたのは、そういうことだったんだ。

 やっと腑に落ちた。

 物知りのチョコに感心していたら、飛んで行ったムシクイがすぐに帰ってきた。


『きらきら、えさ、アゲル』

「餌って、それ……」


 ムシクイの口に何かきらきらと光るものが挟まれている。タンポポの綿毛のような白っぽくてフワフワしてとりとめのない感じの、それ……。


『精霊だ』

「精霊!?」

『大喰や暴食は虫や精霊を喰らう』

「ひえっ、ダメだよ。ペッてして、ペッて」

『きらきら、これアゲル。ぺっぺっ。ぴぴぴ、エライ』


 私の手の上に落とされた精霊は、しばらく手の上でふわふわ転がってから空に逃げていった。


『ぴぴぴ、エライ』

「偉いね、ピピピ。たぶんピピピが名前なんだよね?」

『エライ、ぴぴぴ、エライ。きらきらキレイ、きらきらツヨイ、きらきらスキ』


 ムシクイは頭の上をくるくる飛び回って、歌うようにさえずっている。捕まえてきた精霊が逃げたことについては別に気にしてないようだ。


 ところで、なぜか私も精霊を見ることができた。

 というか、分かった。その辺を飛んでるホコリみたいなやつ、精霊だ。

 何ていえばいいんだっけ、チャンネルが合う?みたいな感じ。今までも見えてたはずなのに全然気付かなかったけど、一回気付いたらよく見えるようになる現象。


『主自身が精霊だ。精霊が見えてもおかしくはない』

「なるほど」

『ところで、この大喰、どうやら主に付いてくるつもりのようだ』

「おーい、目印を立てたから街に帰るぞ。ああ? そのデカいムシクイは何だ?」

「あ、ディーおかえり。私、なんだかこのムシクイに気に入られたっぽい」

『ぴぴぴ、えさアゲル。おおきい、えさ』

「あ、ピピピ、精霊はダメだからねー」

『ぴぴぴ~』


 また勝手に飛んで行ってしまった……。


「何なんだ、あれは」

「よく分かんないけど、懐かれたみたい。またそのうち帰ってくるかも? さっきも飛んで行ってから帰ってきたよ。それはともかく、 急いで帰ろう。その子大丈夫なの?」

「ああ、怪我はないからな。疲れて寝てるだけだ」


 少年は、ディーと合流するまえにしばらく一人で魔物と対峙していたんだって。炎犬を倒せてはいなかったが、薬師らしく薬を使って撃退していたみたい。

 それは怖いし、疲れるよね。まだ子供なんだからよけいに怖かっただろう。

 またディーが少年を担いで、私達は南門に向かって歩き始めた。


『ぴぴぴ、えさ、アゲル。きらきらスキ』


 賑やかな鳴き声が頭上から響く。

 帰ってきたムシクイが今度私の手の上に落としたのは、生きたスライムだった。


「ひえええええ」

『大喰は成長すると魔物を食うようになる。だから成長した大喰は森からあまり出ない』

「なるほど、ムシクイが魔物を食うってのは初耳だ」

「ちょ、二人とも落ち着いて話なんかしてないで、スライムどうにかしてよ!」

「スライムくらい落として踏みつぶしとけよ」

「嫌よ!靴も履いてないのに!!」

『主は強いのにスライムが怖いのか』


 ちょっと呆れたような雰囲気で、チョコが手の上のスライムに噛みついた。スライムは簡単に溶けて消え、私の手の上には豆粒よりも小さな水色の魔石だけが残った。


「リア、魔石は持てるんだな」

「あ、そうみたい。でも気持ち悪いからディーにあげる」


 分かっちゃいるのよ。

 でもね。

 ほんと生理的に、無理!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る