第27話 喋る犬

 小部屋の奥に横たわっているのは、まだ幼さの残る顔をした少年だ。

 駆けよって手を取ろうとしたけど、それは無理だった。

 そうだ私、触れないんだった……。


「死んではいない。気を失っているだけだ」

「そう」


 とりあえずはこの子も、そしてディーも生きててよかった。


「こんなところに、どうして」

「服や持ってる物を見ると、どうやら薬師見習いらしいな。薬草を取りに来て、俺たちと同じように落ちたんだろう。俺は落ちた後、リアを追って洞窟の奥に向かったんだ。ここまで来た時に、この子が魔物に囲まれてるのを見つけてな」


 部屋の中は、あちらこちらに焦げた跡がある。


「ディーも大変だったのね」

「俺はまあ、これくらいはよくあることさ」


 死んだ炎犬の周りにはもうスライムたちが集まっている。


「ここも長くいないほうがよさそう」

「ああ。リアとも合流できたし、出口を探そう」


 話しながらディーは、倒した炎犬を持っている袋に入れていった。スライムは払い落としてる。そりゃそうね。街で獲物を出した時にスライムが放たれたら怒られそう。

 袋は革でできた巾着で、銀糸と白い魔石を使って模様が描かれてる。


「空間魔法の荷物袋か。たくさん入るのね」

「ああ。大きな獲物を狩った時にはこれがないと持って帰れないからな。ソロだと解体すらできないこともよくあるんだ。しかし何だこれ」

「え?」

「この炎犬、おかしくないか?触った感じはカチカチに固いってわけじゃないが、持ち上げても全然形が変わらねえ」

「あ、それ私が止めてるやつだ。死んでないの。止めてるだけ」

「なんだと」


 ディーが持ち上げかけていた炎犬を投げ捨てて剣を構えた。


「大丈夫。ちゃんと止めてるから動かないの。でも街に持って帰ったらまずいかも?」

「これがリアのスキルか。すごいな。たしかに生きてるなら、これは今は持って帰らないほうがよさそうだ。街に生きた魔物を持ち込むわけにはいかない」


 結局ディーは私が倒したもの以外を荷物袋に入れた。それでも炎犬が何体もあったので結構な量になるはずなのに、袋はぺったんこのままだ。

 空間魔法ってホント不思議。

 その荷物袋を畳んでリュックに入れて、横たわっている少年を抱えあげた。


「……」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。案外軽いなって思ったのさ」


 そこからは私とディー、そしてチョコの三人で出口まで速足で歩いた。

 炎犬の群れはほとんどさっきの場所に集まっていたらしくて、出口までに出会ったのは一体だけ。それはチョコが倒して、ディーが袋の中に入れた。


「しかしこんな洞窟の奥に犬がいたのか? 見た目は炎犬とは全く違うし、襲ってこないなら魔物じゃないんだろうが。フェンリルに似てる気もするが色が違うしなあ」

「フェンリルって蒼き狼って言われてるあの?」

「そうだ。俺も見たことはねえが、顔はこいつによく似てると思うぞ。こいつもチビなのに強いし」


 なんと。

 フェンリルってのは別名蒼き狼と呼ばれる、魔物か神獣かよくわからない謎の生き物だ。遥か昔、勇者と共に旅をしたという伝説があるのでどちらかといえば神獣なのかな。

 その目は知性にあふれ、毛色は初夏の青みがかった草原の色。そして風のように速く走り去るという。

 完全に伝説の存在というわけでもなくて、今も稀にどこそこの国で目撃されたとか話題になる。

 絵本にはもう少し狼っぽいというか、野性味あふれた顔で描かれていることが多いと思う。

 しかし、そうか。

 フェンリルって柴犬顔なのか。


「チョコは犬だよ。ね!」

『主が言うとおりだ』

「お……喋ったのか? その犬が?」

「え」


 聞こえるの?


「チョコって私と契約してるから私にだけ声が聞こえると思ってたんだけど、違うの?」

『私は普通に喋っている。人間は精霊の言葉を聞こうとしないが、その人間は精霊魔法の持ち主だと主が言っていた。そのせいではないのか』

「あー」

「なんだ?」

「ディー。この子、実は精霊らしいのよ。それでうっかり私と契約しちゃって」


 あはは。うっかりうっかり。

 笑ってごまかそうとしたらディーが頭を抱えた。


「うっかり契約……」

『そこを右に曲がった先に出口がありそうだ』

「お、おう。良いヤツそうだし、まあいいか。チビ、お前は犬だぞ、いいな。犬のふりをしろ」

『主は私にどうしてほしい?』

「えっと、これから先は人と会うかもしれないし、犬っぽくしてくれると助かるなー」

『承知した』

「……まあいい」


 ディーはいい人だし、せっかく喋れる相手を見つけたのだからもうしばらく一緒に居たいと思う。そのためにはチョコには犬のふりをして、ディーと一緒に街に入ってもらわないといけない。

 でも、もしも街に入るのが無理だったら、チョコと二人で果物探しの旅に出るのもいいな。


 ディーの肩に担がれてる少年はまだ気を失ったまま。

 私達はチョコの案内で、最初に落ちた穴とは別の出口を見つけた。

 太陽がまぶしい。お昼ちょっとすぎたくらいかな。ずいぶん長く洞窟にいた気がするけど、ほんの数時間のことだ。

 そしてようやく外に出ることができた。


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