第17話 精霊と契約と
「それにしても、元は人間だってのは本当か?」
「そうなの」
「どう見ても精霊だけどな。しかもかなりの大精霊に見える。普通の精霊は砂粒くらいに小さいんだ」
ディーが左手の親指と人差し指で精霊の大きさを見せてくれる。
「だがあんたは人と同じ大きさだもんな」
「人だもん」
「本当にそうかもな。立派な服も着てるし」
「しかし……わしも長く生きておるが、人が精霊になるとは聞いたことがないのう」
「本当は眠りにつくはずだったんですけどね」
「眠るつもりだったんだとさ」
せっかくなので今の自分の身体の状態が何なのか相談しようと思って、これまでのいきさつをざっと説明した。さすがに身分とか細かい経緯は伏せたけど。
ディーが時々おばあさんに通訳してくれた。
おばあさんによると、今の私の状態は、やはり精霊に似ている。
ただ、魔道具屋だけあって魔法について詳しいけど、精霊についてはまだ謎が多いんだって。
「それでこれからどうするんだ?」
「体に戻る方法は分からないけど、事情があって、特に戻りたいとも思わないの」
「どんな事情かは分からんが、貴族様は色々大変そうだからな」
「まあね~」
「そうじゃ! 精霊様、ディーと契約してみてはどうかの?」
「契約?」
「精霊魔法の持ち主は精霊と契約できるんじゃ。そうすると互いに力が強化される。ディーはのう……いい子なんじゃが、本当にお人好しでな。これまで碌な仲間に出会っておらん。貴重な精霊魔法の持ち主だというに、ぞんざいに扱われて追い払われて、もう長いことソロで冒険者をしておるのよ」
「やれやれ、ばあさんの説教がまた始まったぞ。すまんな」
ディーは肩をすくめて、やれやれと首を振る。
「おばあさんとディーは長い付き合いみたいだね」
「精霊魔法は魔道具を使うんだ」
「ああ、さっきのすごく可愛いロッド」
「そうそう、それな。ばあさんとは成人して冒険者になるよりもまだ前からの付き合いだ」
「ディーは精霊魔法の実力も大したもんさね。じゃが未だに契約している精霊がいないせいでバカにされやすい」
「契約すれば精霊はいつもそばにいてくれる。常日頃から魔力を渡して、必要な時には魔法を使ってもらうのさ。だが契約していない精霊は気まぐれでね。気に入らないやつが側にいると寄ってこねえ。冒険者になった時に組んだやつのなかで一人、精霊にすげえ嫌われてるやつがいてな。そいつと一緒の時はほとんど精霊魔法が発動しないんだ」
「あっちゃー」
「おかげで役立たず呼ばわりでパーティー追放さ。だが問題ない。一人のほうが気楽だし精霊もゴキゲンだしな」
「なるほどね」
「じゃが契約すれば今度はもっとましな仲間ができるじゃろ」
「一人でやっていけてるからいいんだよ。それに、そんなこっちの都合だけで契約しても精霊に悪いだろ。もしお前さんが魔力を必要としてるなら互いに利はあるが」
「ありがとう。魔力は足りてる。それに契約ってイマイチ気が進まないのよ」
婚約も契約だよね。自分から望んだわけじゃなかった。やっと破棄できた今、新しい契約を結ぶ気にはまだなれない。
もっとも、無理強いしないで私の意見を聞いてくれるディーはいい人だと思う。
いまだって契約の話を断ったのに全然嫌な顔もしないし。
「ああ、そうだろうと思った。お前さんには自由が似合いそうだ」
「ありがと。私、リアよ」
「名前を教えてくれるのか。俺はディーデリックだ。みんなディーとしか呼ばないけどな」
「私は……私のことを大事にしてくれた人はみんなリアって呼んでたの」
『私の可愛いリア』
お母様、それにおじい様とおばあ様は私の目を見て、にっこり笑ってそう呼んだ。
お父様や元婚約者、その周りの人たちはみんなコルネーリアとか公爵令嬢とか言ってたわね。
今はもう婚約の束縛から解き放たれたのだし、名前だって自由に名乗っていいでしょう。それにリアなら、庶民にもよくある名前と聞くわ。
「そっか。リア、良い名だと思う」
「ふふっ」
「ほほう、ディーは精霊様と契約できたのかの?」
「いや、していないが」
「なんとまあ。精霊様が名を明かすのは契約者だけだという言い伝えは、嘘じゃったかの」
「精霊じゃなくて人間だから普通に名乗るわ」
「人間だから、だってさ」
「……そうなのかい。しかたあるまいさ。すまないね、精霊様。ババアの勝手な希望を聞かせちまって」
大丈夫、気にしてない。
おばあさんはディーのことを思って言ってる。見えもしない私に向かって、真摯にディーの良さを訴えるのは、おばあさんがとても良い人だからだ。
その希望をかなえてあげられないのは申し訳ないけど、そこは許してほしい。
「じゃあな、ばあさん。依頼があるから行くわ」
ディーはおばあさんに手を挙げて挨拶してから、私を見た。
これは、付いて行っていいってことかな?
精霊として契約するのは方法も分かんないし無理だけど、せっかく喋れる相手を見つけたのだからもう少しいろいろ話してみたい。
「一緒に行ってもいい?」
「ああ、もちろんだ。でも危ない時にはちゃんと逃げろよ」
「はーい」
振り返ってみたら、おばあさんが深く頭を下げていた。
私も同じように深く頭を下げた。
見えないと分かっていたけれど。
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