第52話 舞い踊るカラス

 倒れたディーに駆け寄りたかったけど、今はチョコと一緒に火を防いでいる最中なので下手に動けない。

 代わりにカレルが様子を見てくれた。


「魔力の使い過ぎによる欠乏症状です。急に倒れてしまいましたが、いったい何が……」


 ああ、そうか。今そこに立っている女の子の姿をした火の精霊はカレルには見えない。


「今、精霊と話してたの。魔力欠乏って、ディーは大丈夫なの?」

「ボクが持っている薬があるので、飲ませます。今のところ命に別状はありませんが回復には少し時間がかかるでしょう」

『魔力を全て渡せば気を失う。この火が消えねばその男は焼け死ぬであろう。それでもわらわに魔力を渡したのじゃ。わらわも期待に応えねばならぬのう』

『どうする気だ』

『しっかりと風を保たれよ風の王。そしてわらわの舞いを見てたもれ』


 女の子の姿が元のカラスの姿に変わり、高く飛んだ。

 姿を自在に変えられるのは精霊として長く存在し、力もかなり強いということだ。

 カラスはチョコの作った壁の周りをまわりながらどんどん上がっていった。

 火柱よりもかなり上でくるりと小さく旋回し始めた。


『あそこが私の魔法の及ぶ端だ。そこから中に入るのだな。主、衝撃に耐えねばならない。しっかりと掴まってほしい』

「分かった。頑張って!」

『主の望み通りに』


 チョコがまた火柱の周囲を回るように動き始めた。

 火柱の上で旋回していたカラスがこちらを見て、火柱の真上で一瞬動きを止めた。

 そしてそのまま真下に落ちる。火柱を貫くように、速く、真っすぐに。

 最初は火の勢いのほうが強くて、カラスは火の渦に飲まれてしまったのかと思った。

 けど違った。

 地面のすぐ近くでバンッと最初の衝撃が来た。風の壁の内側の火の地面近くが急激に燃え上がって、そのすぐ後に収束する。中心には羽を広げたカラスがいた。

 カラスに吸い込まれるように炎が収まっていく。風で作った壁が内側にぐいぐい引っ張られているのを感じる。それをチョコが必死に止めている。もし壁が破れたら、外から空気が流れ込んだら……爆発するんじゃないだろうか。

 私の魔力もぐいぐいチョコに引っ張られていく。

 カラスは風の壁の内側を回りながら、少しずつ上に。カラスが上がっていくにつれて炎が静まっていく。

 そして一番上の火が消えたあともしばらくカラスは上へ下へと舞っていた。

 いつの間にか地面にくすぶっていた小さな火もすっかり消えて、煙すら残っていない。

 カラスは焼け焦げた地面の上に立つと、また女の子の姿に変化した。

 それを見てチョコもようやく走るのを止めた。


『もう大丈夫なようだ』

『さすが風の王よ。わらわも楽しく舞いもうした』

「あなたは大丈夫なの?」

『うむ。わらわは火の精霊。炎は友であり糧でもある。小さき童も見事な魔力であった。さすが風の王の主よのう』


 風の壁はもうない。火の精霊は歩いて近寄ってきて、チョコを見上げた。

 それが、チョコも私も力を抜いたので、火の精霊の見ている前で子犬の姿に戻ってしまった。

 色も変わって黒柴になったのを見て、最初はびっくりしていた火の精霊だったが、ころころと楽しそうに笑って手を叩いた。


『なんと風の王はまだ子犬であられたか。うつくしき姿じゃ。子犬というのに、かような火柱を立てるとは恐れ入りもうした』


 どうやら褒められてるっぽい?

 避難していた人たちを見ると、みんなへたり込んでいた。

 緊張の糸が切れたかな。

 その中からディーが立ち上がって、カレルと一緒にこっちに歩いてきた。


「ディー!」

「心配かけたな」

「もう大丈夫なの?」

「ああ、カレルの薬がよく効いた」

『人間、そなたとの契約、成し遂げたぞ』


 火の精霊が赤い髪の女の子の姿で、ぐいっと胸を張って言った。

 すごい力だったけど、なんだかかわいらしい。

 ディーも緊張した面持ちだったけど、ふっと息をついて笑顔になった。


「ああ。ありがとう」

『うむ。我が名はフレア。そなた名は何と申す』

「ディーデリックだよ。みんなディーとしか呼ばないがな」

『ほほう。ではわらわもディーと呼ぶことにしよう。ディーも遊びたくなったらわらわの名を呼ぶがいい。風の王とその主ともまた遊びたいゆえ、息災でおられよ』


 そう言ってフレアはまたカラスに変化すると、飛んで行ってしまった。


「カラス……」


 カレルが呟いた。


「ああ、カラスの姿はみんなにも見えるのね」

「さっき火の中に飛び込んだカラスですね」

「あのカラスが火の精霊で、さっきの火柱を消してくれたの」

「精霊様ですか!すごい!」


 火を消したのもすごいけど、こんなにたくさんの精霊様に会えてボクは幸せです。とか感激している。私もちょっと前だったらそうだけど、今なら大精霊とかも案外そこら辺にいるかもなって思うよ。

 ディーは……ディーもかなり感激してるっぽく見える。人の形をとった大精霊が名前を名乗ってまた呼べと言ったのだ。精霊魔法の使い手としては嬉しいよね。


 さて、ようやく火は消したわけだけど、これで終わりじゃない。まだ森の外に帰らないと。


「怪我人を運ぶ担架は出来ました」

「俺は歩くのは問題ない。全快と言うわけにはいかないが、スースイノシシの魔物程度なら戦えるぞ」

「あ、さっき止めたスースと大ムカデ、えーと何だっけ」

「ケンティペダか」

「そうそう。そいつのとどめをささないと」

「ああ、そうだったな」


 私の時間停止は魔力の供給が切れると解除されてしまう。

 ケンティペダは放置するには危険すぎるから、今のうちに倒しておきたい。

 幸い急所は分かるので、時間停止を解除すると同時にディーがとどめをさして、荷物袋に入れた。

 ここまで来る途中に倒した魔物もちゃんとそうやって荷物入れに入れてるので、今のところ私が時間を止めているのは光香茸だけだ。

 帰りも採ろうと思っていたけれど、怪我人がいる。動ける人たちみんなで護衛してそのまま最短距離で森を抜けた。

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