第50話 厄介な魔物

 火柱の中心に巨大な影が見える。


「大ムカデだわ。火の中で暴れてる」

「あれはたしか……ケンティペダ。火魔法を使う危険な魔物だ」


 あれって、ダンジョンの中にいた大ムカデだ。

 ダンジョンの中のもかなり大きかったけど、どう少なく見積もってもその二倍くらいの大きさがある。少し離れたところに人がいるけど、比べたら今の私くらい小さく見えるもの。どうにかして倒そうと矢を放ったりしてるけど、火を纏ってるから攻めあぐねてる。

 ケンティペダが人を襲っていないのは、どうやら火の中にいる獲物を相手にして暴れてるみたい。


「ディー」


 あ、さっき上から声を掛けてくれた人だ。


「精霊魔法で、あの火をどうにかできない?」

「難しいと思うが、何とかやってみるか。火の中には人は?」

「みんな逃げてる。でも怪我人がいるので遠くには行けてないのよ。さっきいきなり地中からアイツが現れて、あっという間に火の海。とりあえず土魔法使える子が壁を作って避難してるけど、火は防げてもあの魔物本体が襲ってきたら無理そう。水魔法は使い手が居なくて」

「リア、ケンティペダをスキルで止められるか?」

「やってみるけど、よく見えない。近付くからフォローして」

「ああ」

「チョコ、お願い」

『主の命じるままに』


 所々に立っている木が邪魔で魔物の全体像がつかめない。

 けど、前に進むと熱がすごくて目を開けられないくらいだ。ちょうどいい場所は……。


「水の聖霊よ、魔力を渡す。水を降らせてくれ、リアの前に水を」


 ディーの手にはあの可愛いロッドがあった。その先についている色とりどりの魔石に精霊たちが近付いてはボワンと大きくなって飛んでいく。


「あめー」

「ふれーふれー」

「あめー」


 精霊の降らす雨は全然火が消せるほどの量じゃないけど、私の前の煙と熱が少しだけ収まった。

 見える!

 炎の中にいて黒い影みたいだけど、頭からシッポまでがだいたい掴めた。


「大ムカデよ、止まれ!ストップ!」


 頭を持ち上げていた巨大なムカデの影が、ピタリとその時を止めた。

 人の背丈よりもずっと高い位置にある頭が、ゆっくりと横に倒れて火の粉をまき散らした。その向こうに大きな影が!


「もう一体いるっ、止まれ!」


 ケンティペダと戦っていたやつだ。大きさからするとスースくらいか。

 そいつは動いていたのでそのまま炎から転がり出て、大きな木に当たって止まった。その物自体の時間は止まっても動いてる勢いは止まらないから、気を付けないと危ないな。

 それにしても魔物同士で戦ってくれててよかった。多分地中から出て最初に見たものに襲い掛かったんだろう。


 しかし魔物の時間は止めたものの、いったん燃え広がった火の勢いは止まらない。


「リア」

「私は無事よ。チョコも元気。カレルは?」

「カレルは向こうで避難してる怪我人のところに行った。俺たちも行こう。火から遠ざけないとこのままじゃ危ない」

「分かったわ」


 ◇◆◇


 そこに残っていたのは十人くらいだった。

 そのうち三人が酷い怪我をしている。

「魔物が出てきたときに近くにいて、魔物が跳ね飛ばした岩に挟まれちまったんだよ」


 小さな土壁の内側で寝かされているが、自力で動くのは無理そうだ。

 あたりにもぞもぞとスライムが這い寄ってきた。

 そういえば、こいつらは焼けたものが好きだったっけ。

 近付いてくるスライムは厄介だけど、ピピピが飛び回って退治してる。

 さすが大喰。

 何人かの冒険者さんが担架を用意してて、手の空いてる人がピピピと一緒に、寄ってくる小さな魔物を倒している。


「デカブツを倒したなら安心だ。移動しよう」

「急いで!火の勢いが強すぎる。このままじゃ南の森全部焼けちまう。巻き込まれるぞ」

「担架なしでこいつら動かすのは無理よ。もうちょっと待って」


 火を、どうにかして消せないだろうか

 小さい火なら水でも土でも掛ければいいけど、もうそんなものじゃ追いつかない。

 さっきから火を止められないか試してるけど、私のスキルでは無理っぽいわ。

 怪我人を運ぶ準備をしている間に、何かできることがないかと考えこんでいると、背後でカレルの悲鳴が聞こえた。


「ムシクイさんっ、危ない!!」


 振り返るとカレルがうずくまってる。ピピピは見えない。

 いったい何が?

 チョコから降りて駆け寄ると、ピピピが何か魔物っぽいものに食べられそうになってた。カレルがペンダントを手に持って魔物に押しつけている。何らかの効果があったのか、魔物はピピピを離して今度はカレルに襲い掛かった。

 見えた!

 袋蛇か!!


「止まれ!」


 カレルに噛みついたまま、ツチノコに似た袋蛇が時を止める。


「大丈夫!?」

「う……」


 駆け寄った勢いで袋蛇に体当たりすると、カレルから離れて転がっていった。

 そのまま向こう側に落ちそうになった私をカレルが抱き止めてくれた。

 あれ?

 ちょっとした違和感は、カレルの腕を見て吹き飛んだ。


「いっぱい血が出てる!」

「だ、大丈夫です。止血の薬は持っています。ありがとうございます」


 袋蛇は木の枝からピピピに向かって飛び降りてきたらしい。ピピピは地面近くでスライム狩りに夢中だったので、危うく飲み込まれるところだったと。

 カレルのおかげで無事だったのね。


「カレル、歩けるか?のんびりしてる暇はなさそうだ」

「歩けます」

「じゃあお前らだけでも先に逃げておけ。もう火が来そうだ。俺は怪我人を連れていく」


 火の勢いは強くて、もう熱い空気で息苦しくなってきた。

 でもディーとこの人たちを置いて逃げるなんて……。

 なにか、せめてこの熱風を……風……風の力でどうにかできるのでは?


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