第35話 長い一日の終わり
副長の口から出たのは、思いがけない提案だった。
私が冒険者に!?
「お嬢さんは見たところ精霊……だろうか?人間よりも 小さいけれど、実体もある。こうしてディーデリックと行動を共にしているのなら、いっそ冒険者ギルドに登録して、パーティーを組んでみてはどうだろう?」
「精霊……私が人間じゃなくても、ギルドに登録できるんでしょうか?」
人間だけどね!
しかしあまり正体を言い触らす必要もない気がするので、もう精霊で通すことにする。
しかしギルドとは、言うなれば戸籍のようなものだ。主目的は税金を集めるためとはいえ、正体も定かではない、しかも人外(仮)がお気軽に登録しても良いものなの?
「その点は問題ないのだよ。冒険者ギルドではいくらでも前例があるのだ。創立者の勇者様の時代から、精霊にして冒険者となられた方がいるとか。冒険者ギルドに限らず、どのギルドも所属する人を保証するという役割がある。だから不誠実な人間よりは誠実な精霊のほうが歓迎される」
「誠実な……」
「私は人を見る目には自信があるのだよ」
副長はキリっとした顔のまま片目をつぶってみせた。
思ったよりお茶目な人だ。
「もちろんギルドに登録するならば決まり事もある。詳しくは後日、ギルドの方にきて質問などあれば納得いくまで尋ねてほしい」
「はい。考えてみます」
気持ちはもう冒険者になりたい方に傾いてるけど、確かに説明は詳しく聞きたい。
そういうことをちゃんと提案できる副長さん、素晴らしいなあ。
「ディーデリック、ではそろそろ引き上げよう。君も疲れているところをここまで来てもらってすまなかったな。ありがとう」
「いえ、大丈夫です!」
『ぴぴぴタベタ、おなかいっぱい。うまうま』
私達が話している間ずっと、ピピピはその辺りを飛び回ってスライムを食べていたみたい。さすが大喰。
ダンジョンの中のあちらこちらを点検していた二人の冒険者にも声を掛けて、みんなで地上に上がった。
チョコの上で身を起こしている私をみて、コケるほど驚いているみなさん。
そうそう。それが普通の反応ですよね。
驚かせたいわけではないが、常識的な反応が返ってくると少し安心する。
ダンジョンの入り口は結局二か所だけだった。それをみんなで物理的に塞いだ後、副長が結界の魔道具を設置した。
「結界とは魔力を遮断する膜のようなもの。あまり強い魔物には効かないけれど、炎犬程度ならこれで問題ないだろう。あとは国に報告して許可を得てから深部の捜索になる」
「はいっ」
「は、はい」
冒険者の皆さんの背筋がピンと伸びて、声をそろえて返事したのでつい私もつられて返事をしてしまった。
はは。
まあいずれ私も冒険者になるんだし、これも雰囲気に馴染むためよ。
そんな私を見て、副長さんがまた無表情のままウインクした。
◇◆◇
外はもう暗くなっていたので、みんなで一緒に街まで戻ると、門のところで解散になった。
冒険者の皆さんは明日は、別の仕事を探しにギルドに行くみたい。
副長さんはまだまだ残業がありそうだ。
ディーは朝になったら助けた少年の話を聞きに行くって。それにダンジョンを発見したり少年を救助したりで褒賞が出るらしい。
「俺はいつもの宿に帰るつもりなんだが、リアは帰るところは……」
「あー、無いよ……」
そうだ。昨日は透明だったから勝手に宿に入ったけど、今は身体があるし、チョコやピピピもいるし、お金だって持ってない。
どうしよう。
「よかった。じゃあいっしょに行くか」
「え、いいの?私お金持ってないけど」
「人形に入っちまったのは俺のせいだしな。それにダンジョンではリアに助けられた。そのお礼もしなきゃならん」
「それはいいのよ。あの時は私が奥底に落ちちゃったせいもあるし」
「結果的にあの子を助けられたんだから、良かったってことにするか。さあいくぞ、宿はこっちだ」
ディーの使っている宿は大通りから少し路地に入ったところにある小さい建物だった。
やはり一階は食堂になっているようだ。というか宿の食堂というよりも居酒屋を営業してるっぽい。
「おっさん、もう一部屋借りたいんだが」
「ああ?こんな時間に無茶言いやがって。あ、うん? おおお? なんだそのちっこい娘っ子は。それに犬と鳥だ?」
「この子らが連れなんだよ」
「ああ、ディーの連れなら小さくても大丈夫な種族か。驚いて悪かったな、お嬢さん。しかし急に、ったく。しかたねえな。部屋用意してくる。なんか食って待ってろ」
「すまねえな、おっさん」
ディーが宿の主らしきおっさんに交渉してくれた。
どうせ小さい身体だし、部屋の隅っこでチョコにくるまって寝れたらいいやって思ってたけど、ちゃんとお部屋があるのは嬉しい。
透明な身体の時にはあまり疲れたとか思わなかったけど、人形に入ってからは少し疲れた感じがする。もしかしたら眠れるかも。
食堂にいたお客さんたちにも、珍しい種族ってことで紹介してもらった。みんながかわるがわる見に来て、肉とスープやパン、それに山盛りの野菜サラダを私のために注文してくれた。
チョコやピピピと分けて、お腹いっぱいになるくらい。
ありがとう、気のいい酔っ払いのみんな。
お肉は小さく切り分けてもらって、つまようじみたいなのを使って食べた。
何の肉だろう?
すごく美味しいね!
チョコはやっぱり野菜やパンが好きみたい。肉はあまり食べたいと思わないんだって。
ピピピはすごく肉食だった。洞窟でもずっと食べてた気がするけど、まだ食べれるんだ……。
おっさんが用意してくれたのはディーの隣の部屋で、ちゃんとベッドがあって、チョコとピピピのために敷き物も置いてくれてた。
鍵は内側から掛ける仕組みなのは昨日の宿と同じ。
チョコの背中から飛び降りて、床からぴょんとジャンプしてベッドに上がる。
ぱふっと布団が沈んだ。
ジャンプ力すごいな、私。
それに、ちゃんと実体があるんだなあ。
昨日眠れない夜を過ごしてから、まだたった一日しか経ってないって、嘘みたい。
いろんなことがあった。
その前の婚約破棄のこととかもう、ずいぶん遠い過去みたいな気がする。
明日もまた新しいことがいっぱいあると思う。
昨日の夜よりも考えることはいっぱいあるはずなのに、あまり何も考える前に瞼が重くって落ちてしまう。
「おやすみ、チョコ、ピピピ」
『ゆっくり寝るがいい、主。私がここに居る』
『ぴぴぴネル。きらきら、スキ。かぜのおう、おやすー』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます