第48話 森の奥
翌朝夜が明ける前に、宿屋のおかみさんの大声で目が覚めた。
「いつまで寝てるんだい! 朝飯はたっぷり用意したから食べたい奴は取りにおいで。一人五十ギルだよ」
食堂には野営組のみんなも押し掛けたのでもう席はなかった。けど、天気もいいし外でも全然かまわない。柔らかい普通のパンと暖かいスープを受け取った。
この宿のスープはミルクと野菜を使った緑色のクリームスープ。凄くおいしかった。
そういえば、どこで食べるごはんも全部おいしく感じるなあ。
素材が良いからか、一緒に食べる仲間がいるからか、令嬢という肩書から解き放たれた解放感からか。あるいはこの身体がそういう仕様なのかもしれないけどね。
何にしても、おいしいものが食べられるのはいいことだ。
「よう、ディーじゃないか。小さい子もいるな」
前にどこかで会った冒険者の人が声を掛けてきた。
私ももう、何人も顔見知りの冒険者さんがいるんだよ。
手を振っておはようって言った。カレルは丁寧に頭を下げてる。
「イーフォ、お前も野宿か」
「まあな。ディーんとこ、薬師の子もちっこいなあ」
「まだ子供だが、カレルは優秀だぞ」
「若くて元気なのがうらやましいわい」
イーフォの後ろにいたおじさんがため息をついた。
「最近採取に出ることもなかったから、疲れてかなわん。しかしお若いの、元気はいいが気を付けてな」
「はい。ありがとうございます」
「うんうん。良い返事だ。師匠が良いのだろう」
「はい!」
くたびれた顔のおじさんだったけど、カレルに釣られて笑うと、イーフォともう一人の冒険者と三人で一緒に歩いて行った。
「俺たちもそろそろ行くか」
「そうね」
「今日が本番だ。中心まで行くぞ」
「おー!」
「はいっ」
『ぴぴぴ』
◇◆◇
今日はみんなほぼ一斉に同じ場所からのスタートだけど、採取が目的なので少しずつ違うコースを進む。
宿にいたチームばかりじゃなくて、森の中で野営した人たちもいるらしい。
「夜には光るので、場所を見ておけば翌朝その近くで見つけることができるかもしれませんね」
「なるほどねえ。こんなに大勢でかき集めて、取りつくすってことはないの?」
「光香茸は地上に出てからだいたい一日で枯れますが、地下には菌糸が残っています。だから乱暴に掘り起こしたりしなければ、また新しく出てくるんですよ。朝は小さすぎますが、昼頃からは採れると思います」
話しながら進む道の途中にもいくつか、目立たない場所にロッサの木があった。
「ありました」
草むらに突進していこうとするカレルを慌ててディーが止める。
藪の中には毒虫や蛇が潜んでいる場合も多いんだって。
安全を確認してからロッサの木に近付いたカレルが残念そうに出てきた。
「やはりまだ小さいですね。夕方にこの辺を通れば採取したいです」
そうして目星はつけながら、寄り道は最小限にして奥に進む。ただ、やはり歩くのは遅いみたい。
他のチームからは少し遅れを取っていた。それが、だんだん日が高くなってくるとちらほらと立ち止まっているチームを見かけるようになった。
薬師らしい人が座り込んで作業をしている。
「ボクも早くあんなふうに製薬ができるようになりたいです」
「焦らなくても大丈夫。すぐにできるようになるよ。カレルは勉強熱心だもん」
「ありがとうございます」
あたりに目を配りながら進んでいると、ディーが声を掛けてきた
「気を付けろ」
指差す方を見ると、太い木に傷がついている。よく見たら周りの細い木も折れたり地面が踏み荒らされたりしていた。
「
木に残っている傷は、チョコに乗ってる私の頭の位置よりもずっと高い。
「大きいのかな?」
「ああ。それに重いから、できれば出会いたくないんだが」
「ボク、魔物避けの香を焚いています。いくらか効果があればいいのですが」
「ああ。だがいつ会っても大丈夫なように用心して進もう」
大きい魔物だからといって、遠くから分かるとは限らない。
木のかげからいきなり現れることもある。隠れやすい藪もたくさんあるし。森の奥は、やっぱりちょっと怖い場所だ。
でも、そんな心配もひとつだけは消えた。
少し歩いた先でスースを解体しているチームに会ったからだ。
「ディーか。悪いな、獲物は俺たちがいただいてくぜ」
「スースをやったのか」
「ああ。急に飛び出して来たんだ。ちょっとばかし焦ったが、たいした怪我もないし上出来だぜ」
「よかったな」
「魔石だけ抜いて凍らせて持って帰る。今日は急ぎだからな。肉の質は落ちるが、仕方ねえ」
先行していたチームがもう倒していたらしい。スースが一体とは限らないけど、ちょっとだけホッとした。
「油断禁物だぞ」
「はーい」
一瞬ほっとしたの、バレちゃったわ。
静かとは言え何が起こるか分からない森の中だ。気を付けて行こう。
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