第56話 城は大変そうだった

 王城の混乱の原因の一端は私にあるようだった。

 と言っても多分それは、ほんのきっかけにすぎないと思う。

 宮殿が一部壊れて薬の保管庫に入れなくなったと聞いたけれど、私はその保管庫がある場所を知っている。そしてそこは私が柱のヒビを止めておいた場所とは違うのだ。

 宮殿のあちらこちらにあるものが壊れ始めた時なら、誰かが細工して壁や柱を破壊しても、ほんの一、二か所なら紛れてしまうのではないだろうか。


 私が婚約破棄されたこと。薬の保管場所が壊れたこと。そしてもしかしたら、こんなタイミングで北の辺境伯領に珍しい病が流行り始めたことも、何か繋がりがあるような気がしてきた。杞憂ならいいけれど……。


 妙な胸騒ぎはするものの、残念ながら私に出来ることが考えつかない。

 今は小さい身体で、身分は冒険者。王城に入ることもかなわないだろう。元の身体に戻ったとしても、所詮幽閉されたただの公爵令嬢。公爵令嬢としての身分すらもう無いと考えていた方がいい。

 せめてはっきりと何が起きているのか分かれば、ここでギルド長か副長とかに相談もできるだろうけど、今はまだ漠然とした不安だけだからなあ……。


「城では、眠ったままの令嬢を隣国に運んで治療するという案が出たそうだ」

「ええっ、それは困る!……のでは?」

「そう。あまり良くない案だと思われる。が、令嬢が目覚める方法がそれしかなければ、隣国へ送った方がいいのかもしれない。わがエーヴェ伯爵家はその案を支持するかどうか迷っている」


 今はまだどうやったら元の身体に戻れるのかも分からないけど、もし目覚めたとしていきなり知らない隣国って、どうすりゃいいのよ。

 隣国って言ってもいくつかあるけど、どこだろ?

 この国、どこの国とも程よい距離感というか、そんなにすごく親しい隣国あったかなあ……。

 何人か貴族、王族の留学生はいるけども、その中のどこかかな。


「リア君はどう思う?眠り姫はいつか目覚めるだろうか。知らない国で目覚めるのは戸惑わないだろうか」

「私は……。私はそのまま寝かせておけば、いつか目覚めると思います。知らない隣国はちょっと困る……んじゃないかな」

「そうか。すまないな、変なことを聞いて。同じ年頃のレディーとしての意見が聞いてみたかったのだ」

「はい」

「聖女となられる予定のご令嬢が、眠り姫を守っている。今のところは周囲に邪魔されずに静かに眠られているようだ」


 なんと!

 あの新しい婚約者さんが?

 なんでだろう?

 けど、ちらっと見た感じじゃあ、思ったより良い人そうだったっけ。守ってくれてるならありがたい。王太子とか、私の身体なんか「森に捨ててこい」とか言いそうだしな。


 そしてどうやら副長には、私の正体がばれているのかもしれない。それでもこのまま見逃してくれそうだ。ありがたや。

 今はまだ体に戻れても戻りたくないし。

 あ、そうだ。何かに気付いたら副長に相談することにしよう!

 ちゃんと証拠見つけたらね。


「まあ、そういうことだ。お前さんらには一応事情を知らせていた方がいいと、こいつが言うんでな」

「ありがとうございます」

「そのうえでひとつ、頼みがある」


 それまで黙ってたギルド長が、身を乗り出して話し始めた。


「もうすぐギルドで精製した薬が出来上がる。ディー、そしてリア。これを北のバルテルス辺境伯領の冒険者ギルドに届けてくれ」


 ◇◆◇


 今回ギルドで作られる薬は全部で百二十人分。それを二組のパーティーで分けて運ぶことになった。

 私達が選ばれたのは、私の時間停止のスキルと、ディーの冒険者としての実力のためだ。出来上がった薬は日持ちがするが、それでも時間停止すれば劣化が無いぶんよく効く。それに何かトラブルがあっても入れている瓶が割れるなんて心配もない。

 だからと言って一組に全部任せるというのも心配だ。

 リスクの分散ってやつかな。

 もうひとつのパーティーとは同じ道を通って行くけど、それぞれ自由行動って感じになりそう。その他にも、北門の近くの冒険者ギルドから一組の冒険者パーティーがすでに出発している。国からも、今の騒ぎが落ち着き次第、順次薬が運ばれることになっているようだ。


 断る理由はない。もしかしたら、おじいさまとおばあさまに会えるかもしれない。

 会いたい。

 今のこの、何とも言えない不安な気持ちを、おじいさまたちになら素直に話せるかもしれないから。


 それに、実のところ、旅ってすっごく楽しみ。

 これまでの馬車の中からほぼ出ない旅じゃない、外の世界が見れる。

 そこは危険かもしれないけど、そして成し遂げなければならない重要な任務も請け負っているけど。

 それでもやっぱりワクワクする気持ちは止められない。


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