第55話 ギルドにて

 怪我人をギルドの救護室に連れていき、そのまますぐに私たちは薬師ギルドへと向かった。

 大きなギルドは大通りに面したこの辺りに集まっていて、薬師ギルドも遠くない。

 そこには私たちの帰還を聞いて数人の薬師が待機していた。


「おお、こんなに光香茸が」

「急いで処理せねば」


 今いるのは、体力的に遠征は難しいお年寄りたちばかりだ。

 森まで採取に行くのは無理でも、加工なら上手にできる。ギルドの中には設備も整っているし、魔物に怯えることもない。夜中に呼び出されたというのに、お爺さんお婆さん薬師の皆さんは元気で、すごい張り切ってる。現地に行かなければ見ることのない茸を久しぶりに触れてウキウキしているようだ。

 カレルもここで見学させてもらえることになった。きっと彼女にはいい勉強になるだろう。


「ちゃんと精製した薬を、若いもんにも見せてやらねばならんな」

「ワシは手が少し痛いでな。お若いの、こっちに来て手伝いなさい」

「は、はい」


 みんなが準備できたのを確認して、時間停止のスキルを切った。

 そこからはもう、私やディーの手伝えることはない。

 小声で退出のあいさつをしたけど、真剣な顔で茸と向き合う薬師達には全然聞こえてなさそうだった。


 ◇◆◇


 指名依頼の日程はあと一日残っていたが、朝まで製薬を手伝っていたカレルが体力的に限界だったので、森にはいかずにディーの魔力回復のため一日ゆっくり過ごすことにした。

 そのことを伝えに朝、冒険者ギルドに行ったときについでに、今回倒した魔物も買い取ってもらう。

 その中でもケンティペタ大ムカデの魔物は珍しい魔物だった上にかなり大きいので驚かれた。

 身は食べられないが、殻は固くて耐火の性質があるので素材になる。防具や魔道具など使い道は広そう。

 買い取り価格は後日依頼料とまとめて支払われることになった。


 ケガをした人たちはいったん救護室で手当てされたあとで治療院に移されたらしい。

 骨折と酷いやけどだったが、森での応急処置が良かったのでしばらく入院すれば治るだろうって。

 ほんと、助かって良かった。

 無事だった人たちはチームを組みなおして、「あまり深入りしない場所でもう少し採取するよ」と出かけた。


 光香茸の採取が終わった後は、下処理された茸を集めて薬師ギルドで薬が作られる。

 今回はケンティペタが暴れたせいか、人を襲ってくる魔物の数がとても少なかった。そのせいか、どのチームも採取は順調たっだ。今回の依頼では全部で百人分以上の薬を作ることができたらしい。


 依頼から二日後、私達は冒険者ギルドに呼び出された。

 いつもの一階の小部屋ではなく、三階にあるギルド長の執務室だった。


「報告は聞いてる。ディー、リア、ずいぶんデカい魔物を仕留めたそうだな」

「はい」

「それと、森の火災を食い止めてくれたことも」

「はい」

「あの森には光香茸以外にも貴重な資源がある。この支部の重要な収入源だ。火災が広がればここを根城にする冒険者たちにも大きな影響があっただろう。感謝する」


 ギルド長が握手を求めてきて、ディーが照れ臭そうに応じていた。笑いながら見てたら、私の所にも大きな手を伸ばしてきたので、びっくりしたけど指をひとつ両手で掴んで握手した。それを見て今度はディーも笑っている。


 空気が緩んだところで、少し話があるからと椅子を勧められた。

 応接セットは部屋の隅に置いてあったのだが、革のソファーで座面が私の身長くらいだったからディーが私を隣に座らせてくれた。

 向かいにはギルド長と副長が座っている。

 えらくかしこまって何の話だろう?


「ディーデリック君、リア君。まずは今回の報酬の話です。三日の依頼だったが二日しか出れなかったので減額になったことはすでに聞いていることと思う」

「はい」

「大変な事情もあったので申し訳ないが、今回の依頼の条件が日数だったのでそこは許してほしい。その代わりと言っては何だが、森林火災を食い止めてくれたことについては報奨金が出ることになった。また、怪我人を救助した者たちについても、少しだが報奨金が出る」

「ありがとうございます」


 救助の報奨金でほぼ減額分がまかなえるみたい。そのうえ火事の分の報奨金があるのでかなり大きな収入になりそうだ。


「次に買い取った魔物の代金だが、こちらも計算できているので後で受け取るように」

「やったー。これでまたいろいろ、お買い物できる!」


 自分のお金があるってほんと嬉しいよね。

 思わず声をあげてしまったけど、みんなニコニコしているので大丈夫。


「それからこれは、君たちには一応言っておいた方がいいと判断して話すことですが……」


 副長が少し言いよどんでから、思い切ったように話してくれたのは今の城の状況だった。

 城ではいろいろと異変が起きているらしい。

 中心の王宮が一部崩れて、王城はその復旧で手一杯なのだそうだ。元々古くて建て直す必要があったのを、後延ばしにしていた。それが急に崩れてしまい、薬の保管庫が埋まってしまった。それで今は物理的に薬を出せないという話だったらしい。


「詳しく話を聞いた結果、北に薬を渡すつもりがない訳ではなかった。ただ、王城内がごたついているので、対応が間に合わない。そのため、君たちが発見したダンジョンの調査も先延ばしにされている」

「あ、そういえば火事の原因になったケンティペタの小さいのがダンジョンの中にいました」

「ああ、前に聞いた時にそう言っていたね。南の森にはもともと火を噴くような魔物はいなかった。ケンティペタもおそらくダンジョンから出てきた魔物と思われる。ダンジョンの調査は急いだ方がいいけれど、まずは北の辺境伯領。そのため、いずれ君たちにも同行してもらいたいと言っていたダンジョン調査はしばらく延期される。それが事情を話すひとつめの理由だ。そしてもう一つの理由は」


 言葉を切って、副長が私の目を真っすぐに見た。


「今、王城では一人の令嬢が長い眠りについている」

「あ……」


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