第54話 【閑話】ヒロインの祈り

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 今日は閑話のみ、ごめんなさい

 明日4話更新予定。一区切りつけます

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 フローラは今、小さな塔の中にいた。

 目の前には目を閉じて横たわっている少女がいる。


「コルネーリア様……」


 フローラはまだ学生だった。新学期が始まるのはもう少し後であり、今は王城に部屋を貰って勉強漬けの毎日を過ごしている。

 その合間を見て、時々こうしてコルネーリアの眠る塔に来ていた。

 穏やかな顔で眠っているようにしか見えないが、彼女は胸の上に固く手を結び、息もしていない。王太子殿下によると、時を止めてしまっているのだとか。

 それほど、婚約破棄がショックだったのだろう。


 コルネーリアの実家は公爵家だが、コルネーリアと公爵家の人々はあまり折り合いが良くなかったらしい。

 義弟によると、婚約破棄された娘など家に戻してもらっても困ると言っているとか。だが母方の祖父母である北の辺境伯が、目に入れても痛くない可愛い孫娘として可愛がっていたと聞いた。だからもしかしたら、コルネーリアの身体は北の辺境伯領に動かした方がいいのかもしれない。

 だが、今はまだ不確定要素が多すぎる。もしかしたらすぐに目覚めるかもしれないので、しばらくこのまま塔の中に置いておくことになった。


「本当に、今すぐにでも目をパッチリと開けそうな寝顔ですわ。コルネーリア様、どうか早くお目を覚ましてくださいませ」


 語りかけても答える者はいない。

 頬に触れようと手を伸ばしかけたが、やめた。死んだように眠っている少女が少し怖い。そしてなんだか神々しくて恐れ多くもある。

 フローラがこの部屋にいる間、見張りの騎士はドアの外に立っている。出ていった後はまた塔の外に出て、そこで一日中見張っているらしい。

 一日に何度か侍女が様子を見に来ているが、まだ一度も目覚めてはいないという。


 フローラは眠っているコルネーリアに向かって礼をすると、室外に出ようとした。

 その時、下からバタバタとうるさい靴音がした。


「フローラではないか。こんなところにいたのか」

「王太子殿下」


 王太子ダミアンとその取り巻きたちだった。

 何をしに来たのかとフローラが首をかしげていると、取り巻きの一人が前に出た。この国では珍しい黒髪の精悍な顔をした背の高い青年、隣国の王子エドワールだ。


「フローラ様はいつもこの塔にお見舞いにいらしているとか。お優しいのですね。さすがダミアン王太子の見染められた令嬢です」

「そうなのだ、エドワール王子。フローラは優しい令嬢なのだ」

「本日はフローラ様のご心配を取り除こうと思い、こちらにまいりました」

「心配とは」

「こちらのコルネーリア様のお身体を、我が国に運んで医師に見せようと思います」

「え」

「エドワール王子の国は医学も発達しているが、治癒魔法使いの数も我が国よりも多いのだ。そこでならコルネーリアの目を覚ますことができるかもしれない」

「お、お待ちくださいませ」

「なんだフローラ。心配しなくても大丈夫だろう。エドワール王子は本当にいい奴だぞ」

「信頼してくださってありがとうございます、ダミアン王太子」

「いえ、もちろんエドワール様は立派な方だとは存じておりますが、コルネーリア様を動かすのはだめでございます。もし行ったこともない隣国で目が覚めてしまったときに、彼女がどんなに心細い思いをするか」


 いくら今は国交があるとはいえ、隣国はこの国の富を羨ましく思っている。コルネーリアの身体を渡すなんて、完全に無抵抗な人質を無条件で渡すようなものではないか。


「コルネーリアが? あいつは隣国にいたってビビったりしないだろう」

「いいえ、だめでございます。国王は何とおっしゃっているのですか?」

「父上にはまだ何も言っていないが、今日はエドワール王子がコルネーリアを実際に見てみたいというのでな。運ぶのはまた後日のことだ。それに父上は私の判断に間違いはないといつも言ってくださるから大丈夫だろう」

「それでは今はいったんお戻りになって、まずは許可を頂いてくださいませ。どうか、どうか本日はこのままお帰り下さいませ」


 王太子は珍しく言い返すフローラに少し驚いたようだった。その場を収めてくれたのは意外にもエドワール王子だった。


「フローラ様は本当にお優しい。ダミアン様は本当に素晴らしい婚約者を得て幸いですね。では今日は失礼いたしましょう。私たちがこうして令嬢の寝室に押し掛けるのも無粋でした」

「あ、ああ。そうだ。フローラは素晴らしい女性だよ本当にね」


 来た時と同じようにバタバタと帰っていく王太子一行。それを見送ってから、フローラはもう一度コルネーリアを見た。


「本当はどうするのが一番いいのか、私には分かりません。もしかしたら隣国へ行けば手厚い看護が受けられるのでしょうか。でも私にはそれが良いことはどうしても思えなくて……」


 ベッドの横の花瓶には、美しい紅白のバラの花が活けられていた。フローラはそのバラに手をかざして祈る。


「美しく強い花よ。ここにいてコルネーリア様を守ってあげて。いつか彼女が自分から目覚めるまで、誰にも傷つけられないように」


 フローラの魔力と願いを受け取って、花はその枝を伸ばし、新しい蕾をいくつも付けた。


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