第57話 エピローグ
過ごしやすくて気持ちのいい春は、本当に短い。
婚約破棄されたあの晩はまだ少し肌寒さも感じていたのに、今はもう、太陽の下では軽く汗ばむくらいだ。
私とディーは指名依頼を受けて北の辺境伯領まで行くことになった。
普通王都を根城にする冒険者の旅は徒歩が多いらしいけど、今回は急ぐので地竜を一頭借りている。
「こいつの名はロンだ。ロン、俺はディー。よろしくな」
「きゅきゅっ」
私はもちろんチョコに乗って行く。
「この街から遠く離れるけどチョコは大丈夫?」
『私は主と共に行く。それに私が生まれたのはここではなく、もともと遠い地だ』
「ありがとう。いつかチョコの生まれたところにも行ってみたいね」
『ああ。そこにはこの街にない果物がある』
チョコの首の周りの毛を撫でる。
そうそう。壊れたハーネスは持って帰って修理してもらった。首に巻いたリボンは千切れてどこかに行ったけど、新しく買い替えた。今はお金、凄くいっぱい持ってるんだよ。
大ムカデの魔物も高く売れたし、何より火事を食い止めた報奨金が大きかった。
「ディーさん、リアさん。旅は危険ですので、どうか気を付けてください」
カレルが南門まで見送りに来てくれた。
「それとこれ、あの、もしよかったら使ってください。姉さまが作ってくれた人形の服なんです。ちょうどリアさんに着れそうだったので少し丈を直してみました。古いんだけど……」
カレルは何枚も可愛い服を持ってきてくれた。なかには肌着も!
それらの服はは古着を切って作ったらしくて、シミもあるし繕った跡もある。でも小さい花の刺繍やリボンを縫い付けて、精一杯かわいらしくしてた。
お姉さんがカレルをどんなに大事に思っていたのかがよく分かる。
「こんな大事なものを……」
「いいんです。ボクはもう人形遊びをする歳ではないし、リアさんが使ってくれたら嬉しいです」
「……ありがとう。大事に使うわ」
服を丁寧に荷物袋に入れると、カレルは握手をしてくれた。
彼女はこの街で、これからまだ何年も薬師見習いとして修業しなければならない。けれど勉強熱心な子だ。きっと立派な薬師になるはず
「カレルもあまり無理しないでね」
「そうだぞ」
「はい。師匠にもそう言われました。これからは製薬の修行も本格的にさせてもらえることになりましたので、街の中で頑張ります」
「うんうん」
『ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ』
「あれ、なんかピピピが騒いでる」
『大喰はその子供を守りたいそうだ』
「ああ、森の中で助けてもらったから?」
『ぴぴぴ、きらきらスキ。ちいさいのスキ』
「うんうん。私はいいよ。カレルに聞いてみるね。カレル、ピピピがカレルと一緒にいたいって言ってるけど、預けても大丈夫かな?」
「ムシクイさんがボクと? もちろんです!ピピピちゃんと呼んでいいですか」
『ぴぴぴ、ちいさいのマモル。きらきらマッテル、スキ』
「うんうん。よろしくね」
カレルとは直接の会話は無理そうだけど、まあ、どうにかなるでしょ。そもそも普通は誰もムシクイと話したりしないからね。それにピピピはちゃんとカレルの言葉を理解できてるようだから。
依頼が無事に終わったら、ピピピにもいっぱい珍しい食べ物を持って帰るね!
カレルとピピピに手を振りながら、南門を通り抜ける。
「今さらだが、リアは自分の体とそんなに離れて大丈夫か?」
「今のところ全然問題なさそう。でももしダメそうになったら言うね」
「じゃあ行くか。王都の農地を通り抜けて柵の付近の宿場町で泊る。そこから先はここよりずっと危険な地だ。気を引き締めていくぞ」
「おー!」
『主のことは私が守る。それが私の契約だ』
「チョコ、頼んだぞ。ロン、お前もよろしくな」
「きゅっ」
◇◆◇
婚約破棄から始まり、思いがけない運命に振り回された現在の私は幽体離脱中。
小さな人形の中に入って、冒険している。
冒険者としてはまだまだ初心者だけど、心強い仲間もできた。
病気の人たちを助けるために、今自分に出来ることをしよう。
いざ、おじいさまの領地へ。
【第一章……了】
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