第24話 おすわり、お名前、背中合わせで戦う

 目の前に黒柴によく似た犬が一匹。今は私のスキルのせいで動くことができない。

 さっきまでそこにいたのは大きな魔物で、私に襲い掛かってきた。だから時間停止を解除するのはちょっと怖い。見た目がかわいくても危険な生き物はたくさんいるし。

 でもこの子の話を聞いた今、それでもこのまま時間を止めて放置していく気持ちにはなれなかった。


「じゃあ、動けるようにするわね。でも絶対とびかかってきちゃダメ。おすわりだからね」

『主に従おう』

「じゃあ解除するわよ」


 念のため黒柴から距離をとる。

 スキルを解除すると黒柴はブルルっと身震いしてから、その場でちょこんとおすわりした。

 か、かわいい。


「あなた、名前は?」

『私に名はない。主の好きに呼んでほしい』

「好きに……」


 目の前に座っている超絶かわいいワンコの名前!

 高貴な感じがいいかしら。 ヒューベルテュスとか、フェルディナントとか。それか、柴犬っぽいんだから昔懐かし和風な感じでリンタロウ凛太朗、いやそれともリュウノスケ龍之介とかどうだろう?でも犬に竜は合わないか。いえいえ、龍といえばこの世界最強の生き物。悪くないかも?

 うーん。

 毛の色からも考えてみる?


「チョコミントのような感じだから、そうねえ……」

『わかった』

「え?」

『私の名はチョコ・ミント』

「え、えぇ……」


 私の考えた最強にカッコイイ名前……。

 まあ、いいか。

 チョコミントかわいいし。


「じゃああなたの名前はチョコ・ミント。チョコって呼ぶね」

『わかった。主』

「私も主じゃなくて名前のほうが良いかな。リアって呼んでくれる?」

『分かった、リア様』

「ちょい待って。『様』はやめて」


 様付けで呼ばれたら、城にいた時のことを思い出すじゃないの。


「リアって呼び捨てか、そうじゃないなら主でいいわ。聞き慣れない言葉だからアルジーみたいで逆に名前っぽくて違和感ないし」

『分かった。主』


 ちゃんと座ったまま、チョコが頷く。

 どこからどう見ても可愛いな。


「じゃあ、これからしばらく一緒に行動ね。よろしくお願いします、チョコ」

『主のことは私が守る』


 ぐわあああ。萌え死ぬ……。

 落ち着け、私。


「じゃあ行きましょうか。あ……、私はこのダンジョンの外に出たいんだけど、チョコは外に出れるんだよね?」

『主の行くところなら、どこへでも行ける』

「よかった。チョコの身体は……今の小さな犬のままでも大丈夫?さっきみたいに大きくなると魔物と思って人間に襲われちゃう」

『大きな体はこのダンジョンの核の望みだった。与えられた体が炎犬の子犬だったので、この大きさが一番楽な形だ』

「なるほど。巨大な身体に変身するほうが大変ってことか。ならそのままでよろしく」

『分かった』


 うんうんと頷くチョコ。おもわずそばに寄って頭を撫でたら、小さくシッポを振ってくれた。ふふ。


 ◇◆◇


 チョコは私よりも少しだけダンジョンに詳しかった。

 上に向かう道は、落ちてきたところから反対に向かえばいいらしい。

 逆を選んでしまったか。わたし方向音痴だからなあ……。


『いや、こちらに来たのは核に引き寄せられたからだろう』

「そう?だったら仕方ないね!」


 二人で並んで、薄明るい通路をてくてく歩く。気のせいか、通路は前より少しだけ暗く感じる。ダンジョン核の魔力が空になったからかな。


「このままダンジョンは消えちゃうの?」

『いや。ここにはあといくつか、核に吸収されていなかった大きな魔石がある。そのうちのひとつがいずれ成長し、このダンジョンの核になるはずだ』

「そういうもんなんだ」


 それは初耳。学園ではそこまで習わなかったし。チョコは小さいのにいろいろ知ってて、話すのが楽しい。

 そのうち、急にチョコが前に飛び出した。


「チョコ、どうし……まっ魔物!」


 キーンという音が頭上から響いた。赤目蝙蝠か!

 チョコは私をかばうように前に出て、敵に噛みつこうとジャンプした。でもちょっとだけ届かない。

 身体が小さくなってるのにまだ慣れないのかも!?

 赤目蝙蝠は通路の奥からさらに何体も飛んでくる。そして近くまで来ると急降下してきた。その爪がギラリと光る。


「下がって、チョコ」

『主!』

「ここは私が。止まれ、止まれ、とまれえええええ」

『主っ!』

「チョコは後ろにいて。前にいたら間違えて当てちゃう。止まれえっ、ストップ!」


 前から飛んでくる赤目蝙蝠を必死に時間停止していった。一体ずつしか止められないから一度にこんなたくさん来ると大変。


「ギャーッ」


 すごい声がして慌てて振り返ると、チョコの前に一体のトゲネズミが血を吹いて落ちていた。


『後ろは私が』

「任せたわ。止まれ、止まれっ」


 次々と襲ってくる魔物達。最初にここに来た時とは桁が違う。足元に蝙蝠とネズミの山が築かれた。

 ようやく飛んでくる敵も走ってくる敵もなくなって、チョコと二人、ほっと息をつく。


「どういうこと?」

『分からない。おそらく新しく核になろうとしている魔石が、活動を始めたのだろう』


 とても大きな魔石はごく稀に存在する。それがいつも必ずダンジョンを作ろうとするわけではない。だからもしかしたら、この場所自体に、魔石をダンジョン核化する働きがあるもかもしれない。


「それってもしかして、私達はまた吸い込まれるかしら?」

『いや、大丈夫であろう。今の主は核を吸収した。それ以前よりずっと強い。そして主の魔力に支えられている私もまた、強い』


 そういうチョコは、じっと私を見ている。

 足もとに転がっているたくさんのネズミや蝙蝠を振り返りもしない。

 一緒に魔物と戦った今、チョコに対する気持ちはさっきまでの可愛いとか、その前の大きな体がちょっと怖いとかとは違ってきてる。信頼感みたいなのが芽生えたっていうのかな。

 チョコの目もまたまっすぐ私を見て、同じような信頼感を伝えてきた。


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