第25話 お願いとグルメなスライム

「そうだ。チョコ、上に行くまでにひとつ、絶対守ってほしいお願いがあるの」

『聞こう、主』

「人間を、絶対に殺さないで」

『もとより、主を守るためでなければむやみに人を殺したりはしない』

「そうじゃないの。たとえ私が襲われてても、人間を殺しちゃダメ。もし人間に牙をむいたら、たとえそいつがどんなにゲスなやつでもあなたが悪いことにされちゃう」

『それでも私は主を守らねばならない』

「だめなの。チョコが人を殺すと、チョコだけじゃなくて契約している私も悪い人間だと言われちゃうのよ……」

『逆に主に迷惑をかけるのか。人間の考え方は精霊とは違うのだな』

「そだね。私も分かりにくいと思う。でも大丈夫。私は強いんでしょ。誰かに襲われても全部時間を止めちゃうわよ。それに今は普通の人間には見えない身体だから杞憂かもしれないけどさ」


 チョコを見てて分かったことがある。

 たぶん、精霊ってとっても無邪気な存在だ。

 果物が食べたくてダンジョン核と契約した。核との契約があるから入ってきた私を躊躇なく襲おうとした。今は契約が私に移ったから、今度は私を守るために襲ってくる魔物を殺す。

 その行動原理は人間とは少し違う気がする。

 魔物であれ、人間であれ、私の敵とみなしたらチョコは躊躇なく殺そうとするだろう。そしてそれは時に、私にとってもチョコにとってもマイナスになる可能性がある。

 だから今のうちに念を押した。


 でも、それで私が本当に危険な目にあったら、チョコがどう動くかはわからない。

 私が誰にも負けないように強くならなければ。

 チョコを守るために。


 話しながら進んでも、警戒は怠らない。通路の突き当りまで、何度か魔物達に襲われたけれど、その都度チョコと二人でしのいだ。

 突き当りは少しだけ広くなっていて、そこから上に上がる階段があった。


「本当に人が作ったような洞窟ね」

『こういう場所は核によって支配されているダンジョンだ。人間の作る家と変わりない。だが主、その場所は違う』


 階段を上がってひとつ角を曲がったところで、チョコが立ち止まった。首を向けた方向には薄暗く苔むした場所がる。


「なんかジメジメして怖そうな場所だけど……」

『元々ここにあった洞窟の一部が残っている。ダンジョンの支配下にないので、比較的安全だ』

「へええ」


 そういえば、国に管理されているダンジョンにはところどころ安全な場所があるという。大きなダンジョンに潜る時は中で何日も過ごすらしいから、こんなところを見つけては、整えてキャンプ場にするのかもね。

 私もチョコも全然疲れてはいないので、ここで休憩はせずに先に進む。

 いろいろあったからもう長いことダンジョンの中にいる気がするけど、実際はそんなに時間は経っていない。上のほうで別れたディーがどうなっているのかも気になるので、急ぎ足で前に進んだ。


「そのディーって人は冒険者なんだけど、精霊魔法のスキル持ちで、私のことが見えるのよ」

『稀に私の姿が見える人間はいた』

「そういう人って、珍しいんでしょうね。私が歩いてても誰も視線が合わないんだもの。あ、そういえば地竜は私のこと、見えてたみたい」

『獣の中には精霊が見えるものもいる。見えないものもいる』

「自由にどこにでも行けるのは便利だけど、目の前にいる人と話せないのは寂しいものだって分かったわ」

『果物が食べられないのは残念なことだ』

「そうね。ふふ」


 見かけと違って大人っぽい喋り方をするチョコだけど、果物に関しては子どもっぽい。よっぽど思い入れが強いみたい。どんな果物が食べたいのかな。一緒に探すのも楽しいかもしれない。


 ダンジョンはかなり深いけれど一階層の広さはさほどでもなく、チョコの案内で順調に上へ向かうことができた。

 途中たくさんの魔物が出てきたけど、主に赤目蝙蝠とトゲネズミが多い。そのほかは虫っぽいやつや、トカゲと蛇の中間みたいなの。


 二メートルもある真っ赤なムカデが出てきたときは焦った。

 ぎょっとしてとっさに動けなかったら、チョコが頭を噛みちぎって応戦したんだけど、それでもまだ動き続けるんだもの……。こわ……。

 再起動した私が時間停止魔法を使って、ようやく動きを止めた。


『それは火を噴く虫だ』

「え、こわっ」

『小さい個体でよかった。今のこの身体は小さい。その虫の成体と戦うのは苦労するかもしれない』

「ひえっ、これよりもっと大きなのがいるの!?」

『いると思って用心したほうがいいだろう。このダンジョンにはスライムが多い。やつらは焼かれたものを好んで食べる』

「そうなの?なんでも溶かすと思ってた」

『なんでも溶かして食べるが、土は焼いたものが好きなようだ。火を使う魔物が他にもいる可能性は高い。逆に火を使う魔物はスライムを焼いてその魔石を食べることもある』


 ほほう。

 チョコと話していると謎知識が増えるなあ。今まで聞いたこともない魔物の嗜好を知る日が来るとは。

 私のスキルで倒した魔物は通ってきた道に点々と転がっているが、チョコが倒したものにはすぐにスライムが群がる。ダンジョンの中がきれいに整っている理由のひとつはスライムのおかげかもしれない。


 そんな感じで私たちは早歩きでダンジョンを逆向きに踏破している。

 そして数時間後には階段を七階分くらい上がった場所に来た。

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