第21話 ボス戦?(一瞬)
通路は歩くのに困らない程度には明るくて、幅は人が三人並んでも窮屈じゃないくらいに広い。
壁も荒々しくはなくて、自然にできた洞窟とは思えないくらい整っている。
ダンジョンの中って結構そういう人工的に見える場所が多いんだって。
これは習ったわけじゃなくて、子供の頃におとぎ話の絵本で読んだだけなのだけど。
ダンジョンについてはまだ謎も多くて、研究もされている。
でも貴族達の通う学院では大まかな仕組みをさらっと習うだけだった。もう少し本とか読んで調べておけばよかったなあ。
正しい方向も分からないままに歩いていると、遠くから魔物が現れた。
「来ないでよ。止まれ!」
通路の向こうの方で魔物が転がって止まった。
スキルを使うには自分の魔力としっかりとしたイメージが必要だ。本当は声に出さなくても使えるんだろうけど、言葉にしたほうがイメージしやすい。詩的で定型の詠唱をするほうが威力が強くなるって習ったけど、ちょっと恥ずかしいので私はいつも適当に「止まれ」とか「ストップ」とか言っちゃう。
今も魔法はちゃんと効いてるから、問題なさそう。
ただ、これまでは止まっている物の時間を止めたことしかなかったけれど、動いているものを止めてもその場にピタッと止まるわけじゃなくてこんなふうに転がってきたりするってことは初めて知った。
時々背後も確認しながら進む。
絵本で見るほどウジャウジャと魔物が出てこないのはありがたい。上から攻撃してくる赤目蝙蝠が怖いけど、近付く時にキーンと耳が痛くなるので分かりやすい。壁をよく見ると這いまわるスライムがいる。これは何故か襲ってこないし数も多くてきりがないので無視することにした。
通路はまっすぐに見えて緩やかに曲がっているようで、先の方は見えない。気は焦るけどあまり急いで歩くと魔物と鉢合わせそうでちょっと怖い。
とはいえ、順調に魔物を止めながら前へと進むと、ようやく変化が見えた。
「さて、どっちに行くのが正解か……」
道が二手に分かれている。
右はここまでの通路と違って暗くて苔むして、今にも崩れ落ちそうな洞窟。
左は少し細くなっているけれどここまでと同じような綺麗な洞窟だ。
「左……だよね!」
さすがにあえて右に行くほどの勇気はない。左の道は少し曲がりくねっていたけれど、脇道もなく魔物に出会うこともなく、すぐに壁に突き当たった。
「この道はハズレだった?……いや、これは……」
突き当りの壁には縦に亀裂が入っている。手を当てると、壁は魔物を触った時のようなハッキリした手応えがあった。
これは、この身体でも通り抜けるのは無理そう。
でも触れたとたんに、まるで自動ドアのように岩の壁が左右に開いた。
そして目の前に広い空間が現れた。
◇◆◇
通路と比べて、広間は明るくて天井も高い。足元には草がびっしり生えていて、まるで草原にいるようだ。
『我と契約せよ』
どこからともなく声が聞こえる。
「え?」
『精霊よ、我と契約せよ』
また契約の話?
私は精霊じゃないし、正直もう契約なんてうんざり。
キョロキョロあたりを見回したけど声の相手らしい姿も見えないし……。
どう答えようかと考えていたら、また声がした。
『言葉も分からぬ精霊か。ならば我が
「何言ってるか分かんないけど、勝っても負けても一緒じゃないっ」
『さあ戦うがいい』
声の主は有無を言わさず戦闘開始を宣言した。
と同時に奥から大きな影がゆらりと立ち上がった。
魔物だ!馬。いや、狼か?
馬かと思ったけど、身体つきは犬っぽい。ていうか犬なら大きすぎだろう。
そんなことを考えたのがスキルを発動する前か後かは分からない。
私はその影が立ち上がるのを見た瞬間に叫んでいた。
「止まりなさい!」
驚いたことに、ほんの少しだけ、その魔物は私のスキルに抵抗した。
ゆっくりと数歩前に出て、草原のようなこの広間の真ん中で、倒れることなく立ち止まった。
そんなことってあるんだ……。
だけど抵抗もそこまでだったらしく、今は完全にその魔物の時間は止まっている。
よかったぁ。
止まっているその魔物をじっくり見てみた。
やはり犬っぽい顔をしている。大きさは馬くらいあるけど、愛嬌のある顔は狼というより犬かな。全体的に黒っぽい毛並みで、お腹や胸とか顔に白や薄い青緑の毛が混じっている。
なんだか柴犬っぽい。
黒柴か~。
「こんな魔物っていたっけ?」
炎犬はもっと全身赤黒くて白い部分はなかったはず。それに火を纏っていなければドーベルマンみたいなシュッとした細身の犬型魔物のはずだ。これは柔らかそうなフカフカの毛皮を持っている。どんなスキルを持っているのかは使う前に止めちゃったのでわからないけど、火は出さなそう。炎系のスキルを使う魔物はだいたい赤っぽい色をしている。こんなふうに青っぽい毛が混じることはあまりないと思う。
「このままのサイズで唸って追っかけてきたら泣くけど、もし黒柴サイズくらい小さかったら普通に犬よね。見た目は犬」
まあ、襲ってきたし、ダンジョンにいるし、この大きさだからきっと魔物だけど。
他に敵は出てこなさそうなので、広間の中を見て回る。
奥の方に出口はなさそうだなあ。
「あっ」
入り口のちょうど反対側に少し地面が高くなっている場所があった。そこだけは草もなく、黒く焼け焦げたような土がむき出しになっている。
そこに大きな丸い珠がひとつ、落ちていた。
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