第6話 こんな生活、もう耐えられません

修道院に来て、1ヶ月が過ぎた。はっきり言って、この生活に慣れる事はない。朝早くにたたき起こされ、食事の準備、お祈り、掃除に洗濯、そしてまたお祈り、さらに子供たちの世話。何なのよここは!


さらに唯一の休憩時間ですら、シャティから公爵令嬢としてのマナーや勉強を叩き込まれている。はっきり言って地獄だ。


今日も朝寝坊してしまい、院長に怒られた。そもそもあんな固いベッドでは、ゆっくり眠れないわ。寝坊した罰として、部屋を1人で掃除させられている。


「どうして私が1人で掃除をしないといけないのよ!」


ブツブツ文句を言いながら掃除をする。そんな私を見たシャティが


「お嬢様が寝坊をなさるのが悪いのです。ほら、そこも汚れていますよ」


そう言って指図してくるのだ。そもそも、あなたは私の専属メイドでしょう?少しくらい手伝ってくれてもいいじゃない。


あぁ、公爵家の生活が恋しいわ…


その時だった。


「チューチュー」


ん?チューチュー?

ふと声のする方を見ると、大きなネズミと目が合った。


「ギャーーーー、ネズミィィィィ!!」


握っていた雑巾を放り投げ、急いで逃げ出す。この建物には、ネズミが出るのだ。もちろんネズミだけではない、大きなクモやムカデなども出る。これだけは、どうしても我慢できない。


「セイラさん、また大きな声で騒いで!」


やって来たのは、院長だ。


「でも院長、こんなにも大きなネズミが出たのですよ。ネズミですよ」


「ネズミがなんですか!そんなもので驚いていては、この先やっていけませんよ。さあ、掃除の続きをやりなさい」


「でも…ネズミが…」


「つべこべ言わずにやるのです。もうすぐお祈りの時間ですよ。早くしなさい!」


そう言って去っていく院長。もう嫌…こんな場所でこれ以上生活できない。それでも何とか掃除をこなし、お祈りに向かう。


神様、どうかライムをギャフンと言わせられます様に。こんなにも大変な思いをしているのですから、どうか私の願いを聞き入れて下さい。


そう何度もお祈りする。これだけ毎回お祈りしているのだ。きっと叶うはず!お祈りの後は食事の準備だ。でも…


「ギャーーー、葉っぱに虫が…虫がついていますわ」


「またセイラが騒いでいるわ…いい加減こんな小さな虫ぐらいでギャーギャー騒がないでよ」


そう言って、先輩シスターたちが文句を言っている。そんな事を言われても、苦手なものは苦手なのよ。


それでもなんとか野菜を洗い、食事の準備完了だ。子供たちも一緒に食事を摂る。この時間が、唯一私の好きな時間。子供たちはすっかり私に懐いてくれた。私の隣をめぐって、ちょっとした争奪戦をしている。その姿が可愛いのだ。


食後、いつもの様に片づけを済ます。でも…


「ガチャーーン」


つい手が滑ってお皿を割ってしまった。


「ごめんなさい、すぐに片づけます」


「もういいわ、あなたは本当にどんくさいのね。ここは私がやるから、あなたは水でも汲んできて」


そう言われてしまった。私だって、一生懸命やっているのに…そもそも、私は公爵令嬢なのよ。それなのに、なんでこんな仕打ちを受けないといけないのよ。そう思いつつも、何とかこの生活に馴染もうと水汲むに向かった。井戸から水を汲まないといけないため、結構な重労働だ。


それでも、一生懸命汲んだ。気が付くと、いつの間にか手に豆が出来ていた。それでも必死に水を汲んでくる。水を汲んで戻ってくると


「遅い!もう、何をしていたのよ。どんくさいわね。あなた、本当に何をやっても駄目ね」


そう言われた。どうして?私の何がいけないの?慣れない修道院生活で、必死に自分の出来る事をしているのに…気が付くと、ポロポロと涙が流れていた。


もう嫌!こんな生活耐えられない。家に帰りたい!そんな思いから、外の門に向かって走り出した。私には修道院の生活なんて出来る訳がない。だって、ずっと貴族として生きて来たのですもの。


とにかく帰りたい!そんな思いから、必死に走った。でも次の瞬間。


「キャッ」


石に躓いて思いっきり転んでしまった。私が転べば、使用人たちが飛んでくる。でも、今は…


「ウワァァァァン」


その場で子供の様に声をあげて泣いた。近くにいた通行人たちが、こちらを見るのも気にせず、泣いて泣いて泣き続けた。


「お嬢様!お嬢様!!」


この声は…


「シャティ…」


「お嬢様、申し訳ございません。私が少し目を離した隙に!でも、ご無事でよかったです」


そう言うと、私を抱きしめてくれたシャティ。


「シャティ、私、今まで必死に頑張って来たわ。でも、もう無理よ。もう家に帰りたい」


その場でワーワー泣く私を、何も言わずに抱きしめてくれるシャティ。


「わかりました。お嬢様がそう言うのでしたら、すぐにお坊ちゃまに連絡をいたしましょう。申し訳ございません、私はお嬢様の専属メイドでありながら、お嬢様が限界を迎えていたことに気が付きませんでした。どうかお許しください」


そう言って頭を下げるシャティ。


「とにかく、公爵家に帰る手続きを行います。王太子殿下をギャフンと言わせると言う野望は、夢半ばで崩れ去りましたが、それはそれで仕方がないでしょう」


えっ?ライムをギャフンと言わせる事が出来ないですって?


「シャティ、別にここにいなくても、ライムをギャフンとは言わせられるのではなくって?」


「いいえ、この程度で音を上げているお嬢様には、厳しいかと…」


ライムをギャフンと言わせられない…その言葉が、妙に引っかかる。


「さあ、お嬢様、とりあえず修道院に帰りましょう」


物凄くモヤモヤした気持ちのまま修道院に戻ると、先輩シスターたちが走ってやって来た。


「セイラ、さっきはごめんなさい。ちょっとあなたにきつく当たりすぎたわ。院長にも叱られたの。本当にごめんなさい」


「私も、ごめんなさい」


そう言って謝ってくれた先輩シスターたち。さらに


「セイラおねえちゃんだ。よかった、かえってきてくれたのね」


子供たちが嬉しそうにこちらに走ってきて、次々に抱き着いてくる。


「あなたたち、一体どうしたの?」


「さっきべつのシスターのおねえちゃんが、セイラおねえちゃんがでていったっていってたの。ねえ、おねえちゃん、でていかないよね?」


大きな瞳をウルウルさせ、こちらを見ている子供たち。こんな顔をされたら、出ていくなんて言えないじゃない。


「ええ、出て行かないわ。だって私は、皆が大好きだもの」


「ほんとう?よかった」


嬉しそうに私にしがみつく子供たち。


「シャティ、もうしばらくここで頑張ってみるわ。それにここで帰ったら、ライムをギャフンと言わせると言う私の夢も叶わなくなるしね」


「わかりました。私も出来るだけフォローいたしますね」


そう言ってほほ笑んだシャティ。正直辛い事も多いけれど、もう少しだけこの地で頑張ってみよう。子供たちの笑顔を見て、そう心に決めたのであった。

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