第29話 セイラが国に帰ってしまった…~サフィール視点~

でも、まずは誕生祭を成功させないと。誕生祭が終わった後に、セイラの身元調査を行おう。まだ時間はたっぷりあるんだ。急ぐ必要はない。


そんな思いで迎えた誕生祭。王宮では貴族たちを集め、盛大にパーティーが開かれた。いつもの様に、令嬢たちが僕に群がる。はっきり言って、僕はこの令嬢たちが苦手だ。香水の臭いをプンプンさせ、猫なで声で迫って来る。


令嬢たちを軽くかわした後、こっそり王宮を抜け出る。


「殿下、どこに行かれるのですか?」


門番に止められたが


「すぐに戻る。いいか、この事は誰にも言うなよ」


そう伝え、馬を走らせセイラがいる修道院に向かった。どうしてもこの特別な日に、セイラに会いたかったのだ。ただ衣装は、王族のもの。さすがにこれだとまずいと思い、マントをまとった。


修道院に着き、裏口に回る。さて、どうやってセイラに会おう。今は夜の7時だ、修道院は午後6時以降、部外者の立ち入りは禁止されている。こっそりセイラの部屋に侵入するか?でもセイラの部屋がわからないし、もしその事が院長にバレたら、セイラが怒られるだろう。


その時だった。裏口のドアが開き、セイラが出て来たのだ。これは奇跡か?嬉しくてセイラに声を掛け、一緒に星空を見た。


目を輝かせて星空を見るセイラを、僕はずっと見つめる。星空なんかより、セイラの方がずっと美しい。まさか偶然セイラが外に出てきてくれるなんて、きっと神様が僕の味方をしてくれたんだ。このチャンスを逃がす訳には行かない。


そんな思いから、気持ちを伝えようと思ったのだが…


結局セイラに気持ちを伝える事が出来なかった。まあいい、まだ時間はたっぷりあるのだから。そう思っていた。でも…


「サフィさん、私、明日国に帰ります。だから、今日はお別れを言いたくて。今まで私と仲良くしてくれて、ありがとうございました。このブレスレット、大切にしますね」


そう言ってほほ笑んだセイラ。国に帰るとは、どういう事だ?それも明日だと?鈍器で頭を殴られたような衝撃が襲う。セイラがこの国を出ていく…その事実が受け入れられず、そのままフラフラと王宮に戻った。


何もする気が起きず、そのままベッドに横になる。心配した執事が様子を見に来たが、答える気にもなれず、結局その日は夕食も食べずに眠りについた。


翌日、ショックでベッドから起き上がる事が出来ない。そんな僕を心配して訪ねて来たのは執事だ。


「殿下、一体どうされたのですか?例のシスターと何かあったのですか?」


こいつ、無駄にカンがいいな。


「実はセイラが今日、自分の国に帰るそうなんだ…」


「シスターは、この国の出身者ではないのですか?」


「ああ…彼女は多分、どこかの国の貴族だろう…」


きっとセイラは貴族だ。僕はそう確信している。


「殿下、お見送りに行かなくても宜しいのですか?なぜ他国の貴族の方が、この国でシスターなどなされていたのでしょうか?」


「それは僕も聞きたいくらいだ。そうだ、今からセイラに会いにいって、彼女の事を聞こう」


「私も参ります」


視察用の馬車に乗り込み、執事と一緒に修道院に向かった。


「セイラ、セイラ」


修道院に着くなり、彼女の名前を呼ぶ。すると


「サフィおにいちゃん、セイラおねえちゃんが…」


子供たちが泣きながら飛んできた。さらに泣きじゃくる子供たちを必死に宥めているシスターたち。


間に合わなかったのか…


「しっかりしてください」


その場に座り込む僕に声を掛ける執事。


「院長、少し宜しいですか?」


放心状態の僕を連れ、執事が院長と共に院長室へと向かう。


「忙しいところ申し訳ございません。私、サフィール殿下の執事をしております、デラスと申します。それで、セイラさんは?」


「まあ、王太子殿下の執事様が…もしかして、サフィさんは…」


目を丸くして僕たちを見つめる院長。


「はい、こちらの方がサフィール殿下です」


「まあ、それは失礼いたしました。セイラさんは先ほど、自国に帰りました」


やっぱりセイラは帰ってしまったのか…自分の気持ちを伝えるどころか、ろくに別れの挨拶も出来なかった。後悔と絶望感が僕を襲う。


「セイラさんはどこの国のご出身なのですか?彼女は貴族なのですか?」


僕の代わりに執事が彼女について聞いている。


「申し訳ございません。実は私も、セイラさんがどこの国の人なのか存じ上げないのです。ただ、貴族だという事だけは聞いております。修道院では、身元を明かさなくても生活できますので…」


やっぱりセイラは貴族だったんだ。


「セイラさんはこの国の修道院と孤児院の支援を行っている協会に、かなりの金額を寄付しておりましたので、きっと高貴な身分の令嬢なのでしょう。シャティさんと言うお連れの方を連れておりましたし…」


「セイラさんは、寄付をしていたのですか?その協会の名前はわかりますか?」


「はい、スレーティン協会です。それからセイラさんは修道院を斡旋している組合を通してやって来ました。そこに行けば、セイラさんの身元もわかるかもしれません」


「ありがとうございます、では私たちはこれで」


執事に連れられ、一旦王宮に帰って来た。セイラにきちんと挨拶ができなかった事、もう会えないかもしれない事がショックで、頭を抱える。


「殿下、落ち込んでいる場合ではありませんよ。殿下は、セイラさんがお好きなのでしょう?それなら、セイラさんの居場所を探しましょう」


なぜか張り切っている執事。


「君はセイラの事を良く思っていなかったのではないのか?」


「確かに平民と王太子殿下では、身分が違いすぎます。殿下が本気になる前に、何とか諦めて頂ければと考えておりました。でも今の殿下を見ていたら、諦める事など出来ないのでしょう?それならセイラさんを探し、この国に嫁いできていただければと考えております」


執事もセイラと僕の恋を応援してくれるという訳か。セイラが貴族という事が確定したからという事も大きいのだろう。でも、執事が動いてくれるなら有難い。


とにかくこのままセイラとお別れなんて嫌だ。必ずセイラを見つけ出して、自分の気持ちをきちんと伝えよう。

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