第33話 サフィール殿下には敵いません

サフィール殿下と一緒に孤児院に訪問してから、1ヶ月が過ぎた。あの後、何度もサフィール殿下と一緒に孤児院を訪れている。すっかり子供たちもサフィール殿下に懐き、特に男の子たちは、剣を教えてもらっている。


そんな私たちを見て、ライムも負けじと孤児院に付いてくるが、やはり孤児院が苦手なようで、馬車の中で待っている事も多い。馬車で待っているくらいなら、付いてこなければいいのに…


そう思っていたある日。


「ライム殿下、よければ僕と一緒に、子供たちに剣を教えてあげてはもらえないかい?この子たちは、色々な未来の可能性を秘めている。もしかしたらこの中から、この国を支える立派な騎士になる子が現れるかもしれないよ」


いつもの様に馬車で待っていたライムに向かって、サフィール殿下が声を掛けたのだ。


「でも、僕は……」


そう言って黙り込んでしまったライム。


「僕はね、別に君が平民の生活に目を向けないで、のうのうと生きていくならそれでいいと思っていた。でも、子供たちと接するうちに、君に今の子供たちの置かれている状況を理解してもらい、動いてもらわないと、この子達の未来が暗いものになってしまうのではないかと思っているんだ。ずっとセイラも、この国にいる訳ではないかもしれないしね」


「どうしてセイラが、この国にずっといないんだよ。セイラは僕と結婚して、この国を一緒に支えていくんだぞ」


「百歩譲ってそうだったとしても、次期国王になるあなたがしっかりしないと、この国の子供たちは救われない。とにかく、一緒に来てくれ」


そう言うと、ライムを子供たちが待つ中庭に連れて来た。


「皆、今日はこのお兄ちゃんも一緒に、剣を教えてくれるぞ。名前は…ラムだ。」


「おい、なんでラムなんだよ!」


「別にいだろう?本名だとバレてしまうかもしれないし。ちなみに僕はサフィだから、よろしくね。ラム」


そう言ってライムにほほ笑んでいるサフィール殿下。その後、何度も逃げようとするライムを捕まえて、子供たちと剣の稽古をするサフィール殿下。最初は嫌そうだったライムも、なんだか少し子供たちと打ち解けたみたいだ。


「ねえ、セイラおねえちゃん、サフィおにいちゃんとラムおにいちゃん、どっちがすき?」


近くで2人の様子を見守っていた女の子たちが、急にそんな事を言い出したのだ。もう、この子たちは。


「二人とも友達よ。変な事を言うのはやめて。ほら、あなた達、一緒に字の練習をしましょう」


とにかくライムは、サフィール殿下に任せておこう。そう思い、女の子たちを連れて部屋に入ってくる。でも、やっぱり私たちの関係が気になる子供たちに、何度も“どっちがすき?”と聞かれ続けた。


どうして女の子って、こうも恋愛の話しが好きなのかしら?本当に嫌になるわ。


日が沈みかけた頃


「セイラ、そろそろ帰ろうか?」


子供たちに剣の稽古を付けていた2人が戻って来た。


「そうね、そろそろ帰りましょうか」


3人で馬車に乗り込む。


「サフィおにいちゃん、ラムおにいちゃん、またきてね」


そう言って、男の子たちが手を振っている。ふとライムの方を見ると、嬉しそうに手を振っていた。まさかライムが、子供たちに手を振るだなんて…意外過ぎて、凝視してしまった。


「ライム殿下は、随分と子供たちと仲良くなった様ですね」


ついポロリと呟いてしまう。


「ああ、そうだね…サフィール殿下のおかげかな…ありがとう…」


ポツリとお礼を言ったライム。確かに今回サフィール殿下がライムを誘わなければ、きっとライムはずっと馬車に居続けただろう。


「別にお礼を言われることはしていないよ。ただ僕は、子供たちの置かれている現実に、目を向けて欲しかったんだ。皆とてもいい子たちだろう。でも、あの子たちの置かれている状況は過酷だ。確かにセイラが立ち上げた協会からの支援で、随分と生活は改善している。でも、やはり王族が自ら改革を行っていく必要があると、僕は思うんだ。君はこの国王太子だろう?それが出来るのは君だけだよ」


サフィール殿下の言葉を聞き、考え込むライム。


「そうだね…サフィール殿下の言う通りだ。…僕は、ずっと面倒な事から逃げて来た。セイラのことだってそうだし、孤児院に行っても、ずっと他人事のような気でいた。でも……」


瞳をぎゅっと閉じ、黙り込んでしまったライム。ゆっくり瞳を開くと


「また孤児院に付いて行ってもいいかな?もう馬車の中で待っているなんて言わないからさ」


「もちろんだ、一緒に行こう」


そう言って笑ったサフィール殿下。ライムも笑っている。自分の意見もはっきりと言えず、孤児院に来てもどこか他人事だったライムが、サフィール殿下の影響を受け、少しずつ変わろうとしている。


それにしても、サフィール殿下は本当に同じ歳なのかしら。私はずっと、ライムに何を言ってもダメ、自分で何とかしないと!そう思っていた。でもサフィール殿下は、ライムに王族として出来る事をさりげなく教えている。


そんなサフィール殿下に、ライムが少しずつ答えようとしている。ライムの心まで動かしてしまうなんて……私はマダマダね。サフィール殿下には敵わないわ。


でも、このまま2人が仲良くなってくれるなら、私も嬉しい。そう思っていたのだが…


「ライム殿下にしっかりしてもらわないと、セイラがこの国の孤児院が心配で、僕のところにお嫁に来られないからね」


急にそんな事を言い出したサフィール殿下。あら?


「おい、どうしてセイラが、君の元に嫁ぐことが決まっているんだ。セイラは僕と結婚して、この国を支えていくんだぞ。ね、セイラ。僕もこれから王族として頑張るから、ミュンジャス王国を一緒に支えてくれるよね?」


そう言って私の手を握るライム。


「ライム殿下、気安くセイラにさわらないでくれ!セイラは僕と結婚して、クレーション王国に来てくれるよね」


ライムから私の手を奪い取り、すかさず握るサフィール殿下。


「あの…私は…」


結局最後はこうなるのね…


馬車の中で言い合いを始めた2人を見て、ため息をつくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る