第51話 クレーション王国に向かいます

翌日

「それじゃあ、ジャック、行ってくるから留守を頼む」


「お兄様、今までありがとうございました。行ってきます。それからアイリのこと、よろしくお願いしますね」


お兄様の耳元でそっと呟く。


「セイラ、お前は何を言っているんだ!俺は別に、彼女の事は…」


いつもクールなお兄様が、顔を真っ赤にして抗議している。これはきっと、お兄様はアイリが好きなんだわ。後はアイリ次第ってことね。あぁ、こんな事なら、アイリにお兄様の事をどう思っているのか聞いておけばよかったわ。


そうだ、クレーション王国に着いたら、早速アイリに手紙を書こう。


「セイラ、アイリ嬢に変な事を言うなよ!わかったな!」


私の考えていることが分かったのか、ものすごい勢いでお兄様が詰め寄って来る。こんな必死なお兄様、初めて見たわ。なんだかおもしろいわね。


「大丈夫ですわ。それでは、行って参ります」


お父様とお母様と一緒に、馬車に乗り込む。まずはサフィール様が宿泊している王宮に向かい、そこからクレーション王国に向かう事になっている。一応サフィール様は他国の王太子なので、王宮でもてなすのがルールなのだとか。


しばらく走ると、王宮が見えてきた。門の前には、既にサフィール様・陛下・王妃様・ライムが待っていた。王族に出迎えてもらうだなんて、なんだか申し訳ない。お父様も同じことを思ったのか、馬車が停まるや否や、急いで降り


「遅くなり申し訳ございません。わざわざ皆様に出迎えていただくなんて…」


そう言って何度も頭を下げていた。私も杖を突きながら、急ぎ気味で馬車から降りようとしたのだが…


「セイラ、さあ、こっちにおいで」


すかさず馬車に乗り込んできたサフィール様に抱きかかえられ、そのまま馬車から降ろされた。相変わらず過保護ね。


「陛下、王妃様、ライム殿下、わざわざお出迎え頂き、ありがとうございます」


サフィール様に降ろしてもらうと同時に、すぐに王族に挨拶をする。


「いいのよ、セイラちゃん。それより、1年間ライムの事をよろしくね」


にっこり笑って訳の分からない事を言った王妃様。この人は何を言っているのかしら?おそるおそるライムの方を見ると。


「実は僕、1年間クレーション王国に留学する事になったんだ。一度他国の荒波に揉まれた方がいいと思ってね。それに、サフィール殿下の側にいると、色々と学べるし。さあ、早速行こう」


そう言うと、嬉しそうに王宮の馬車に乗り込んでいくライム。お父様もお母様も知らなかった様で


「陛下、一体どういう事ですか?」


と、詰め寄っている。


「いや、その…ライムがクレーション王国で学びたいと言うから、いい機会だし行かせようと思って。ほら、セイラ嬢もサフィール殿下もいるし。それに何より、あのライムがやる気を見せているんだぞ。行かせない訳には行かないだろう」


お父様に必死に訴えている陛下。そんな陛下を見て、お父様が小さくため息をついた。


「わかりました。陛下が決められたことでしたら、私はこれ以上何も言いません。それでは、私たちはそろそろ出発しますので」


いよいよ出発だ。お父様とお母様の後について、公爵家の馬車に乗り込もうとしたのだが…


「セイラはこっちだよ」


スッと抱っこされ、そのままクレーション王国の王宮の馬車に乗せられた。すると


「僕もこの馬車に乗せてもらってもいいかな?」


なぜかミュンジャス王国の馬車に乗っていたライムが、こちらの馬車に乗り込んできた。この流れは…


「ライム殿下、僕とセイラは恋人同士なんだよ。2人きりにしてあげようという優しさは、君にはないのかい?」


「別にこれからずっとセイラと一緒にいられるのだから、いいだろう。ずっと1人で馬車に乗っているなんて、退屈だからね」


そう言うと、すかさず向かいに座ったライム。あきらかに不機嫌そうなサフィール様を無視し、涼しそうな顔をしている。私とサフィール様が結ばれても、この流れは変わらないのね。そう思ったら、笑いが込みあげてきて、声をあげて笑った。そんな私を見た2人が、びっくりしてこちらを見ている。


「ごめんなさい。どんなに環境が変わっても、この流れは変わらないのだと思ったら可笑しくて」


「確かにそうだね。君たちが結ばれたとしても、僕との関係は変わらないから安心して。セイラ」


嬉しそうに笑ったライム。


「ライム殿下、セイラは僕の恋人だ。気安く呼び捨てで呼ばないでくれ。これからは、せめてセイラ嬢と呼ぶべきだ」


すかさず抗議の声を上げるサフィール様。


「わかったよ。これからはセイラ嬢と呼ぶよ。本当に、嫉妬深い男だな…」


ライムが文句を言っている。


そして、いよいよ馬車が動き出した。見慣れたミュンジャス王国の王都とも、これでお別れだ。そう思うと、なんだか寂しい気持ちになった。孤児院に向かう時は、こんな感情を抱かなかったのに…


「セイラ…嬢。やっぱりミュンジャス王国を離れるのが寂しいのかい?クレーション王国が嫌になったら、いつでも帰って来てもいいんだよ。この国は、君の故郷なんだからね」


なぜか私の手を握り、そんな事を言い出したライム。


「馴れ馴れしくセイラに触らないでくれ!それから、セイラは1年もクレーション王国にいたんだ。イヤになる事などない。大体君は少し静かに出来ないのかい?セイラは生まれ育った王都の街に、ひっそりと別れを告げていただけだ」


「君こそ、思い込みはよくないよ。もしかしたら、セイラはこの国を離れたくないと思っているかもしれないだろう?」


「だから、呼び捨てにするなと言っただろう!何度言えばわかるんだ」


なぜか喧嘩を始めた2人。結局2人の喧嘩を止めるのに必死で、落ち着いた頃には、既に王都の街をとっくに出た後だったのであった。

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