37.嫌な遭遇


 王都周辺の森で、滅尽の樹魔エクス・ウッズを発見するための討伐隊が編成されていた。

 昼夜問わずの捜索で、一回ごとに五つのパーティーに分けられる。


「討伐隊とはいっても、まずは発見したら報告が優先だ! 決して戦うな!」


 お昼過ぎに、マルコスに協力を頼まれた俺は快くそれを引き受け、ヴェインという青年がリーダーのパーティーに配属された。


「で、お前らのパーティーに入ることになったアルトだ」

「よ、よろしくお願いします」


 目の前に居るのは五人のパーティーだ。

 みんな制服を着込んでいて、どうやらフレイと同じ魔法騎士学園の生徒らしい。


(たぶんみんな、俺より年上かな?)


 自己紹介をすると、あまり歓迎されていないような顔をされた。


「……マルコス団長がそう言うなら、仕方なく入れますけどね。本当は素人なんか、邪魔なだけですし」

 

 金髪の青年が不貞腐れてつぶやく。

 

「おい、ヴェイン。あんまりそういうことを言うんじゃねえ。俺が頼んでアルトには入ってもらってるんだからよ」


 マルコスがそう言うも、やはり信じられないと言った顔をされる。

 こういう態度をされるのも無理はない。


 横からやってきたフレイがその場を和ませようと声を掛けた。


「ヴェイン。アルトくんは俺の親友でもあるんだ。あまり邪険には扱わないでくれ」

「……フレイ。お前の親友なら僕は余計に信じられない」

「ハハハッ手厳しいね。でもまぁ、アルトくんが君のパーティーに入るのなら、俺は安心かな」


 飄々とした態度で返すも、ヴェインの苛立ちを増長させるだけだった。


「どういう意味だ……? フレイ、僕をバカにしているのか?」

「いやいや、そんなことはないよ。友達が危険な目に遭うのが嫌なだけさ」

「友達だと……ふざけるな! バカにしやがって……!!」

 

 憤慨して、その場から離れて行ってしまう。

 フレイがやれやれ、と言った様子で俺に謝ってくれた。


「彼はヴェインって言うんだけど、同じ魔法騎士学園でね。入学時に俺は首席で合格、彼は次席だった。それからずっとライバル視されてるみたいで……俺的には友達になりたいんだけどね」

「気にしてないよ。向上心が高いのは良い事だと思うから」


 でも、敵意に近い物を向けられたのは久々だった。

 あんまり気分の良い物ではない。


 マルコスが罰の悪そうな顔で言う。 


「アルト……本当に悪いな。アイツらをお前に任せるのは、一番危なっかしいからなんだ」

「危なっかしい……?」

「あぁ、昨日のことなんだが、夜に連絡が取れなくなったパーティーがあったんだ。捜索したが死体も何も発見できなかった」


 なるほど……。

 俺が話を聞いたところによれば、滅尽の樹魔エクス・ウッズは炎の魔法に弱いらしく、発見されれば魔法使いたちによって倒す予定だ。

 さらに滅尽の樹魔エクス・ウッズ自身は移動速度は人と変わらないため、逃げること自体は簡単のはず。


 操った魔物で狩りをすると言われているが……襲われたのに死体も何も発見できなかったのは妙な話だと思う。


「今回のことで功績を上げれば、フレイに勝てると思ってやがる。功を焦れば死ぬ、そんな奴をたくさん見て来たからな……」


 哀愁漂うマルコスに、目を見張った。

 そっか……だから、俺に力を貸して欲しいと頼んだのか。


「任せてください! 何があっても守りますので!」

「あぁ……頼んだぜ」


 既に遠くの方に行っていたヴェインと目が合う。

 早く来い、そう言われているような気がした。


「じゃ、行ってきます」

「おう! くれぐれも遭遇したら逃げることを優先だぞ!」

「はい!」


 流石に【付与魔法】の身体強化は使いたくない。

 あれだけウルクに心配されたんだ。もう不安な気持ちになんてさせたくないし。


 *


 少し時間が経過してヴェインが足を止めた。

 俺に振り返り、


「初めに言っておく、僕はお前が嫌いだ」

「えっ……あ、うん」


 素直にそう言ってもらえるのは、正直なところ気が楽ではある。

 

「マルコス団長やフレイに取り入って、今回の滅尽の樹魔エクス・ウッズ討伐で功績をあげようったって無駄だ!」


 なんか盛大に勘違いされているな、と思った。

 かと言って、俺の言葉をまともに受け取ってくれないことは察していた。

 

「つまり、お前の出番はない! 分かったのなら、今すぐ帰れ!」

「ごめん、それはできない。マルコスさんに頼まれてるから」

 

 真っ直ぐにヴェインを見つめる。

 そこだけは譲れない。いつ滅尽の樹魔エクス・ウッズが出て来てもおかしくないんだ。

 

 頼まれて引き受けた以上は、きちんと役目を果たすさ。

 

「あぁ、マルコス団長に頼まれているって言っていたな、どんな頼みなんだ?」

「このパーティーを守って欲しいって頼みだ」

「……僕は、そんな弱そうに見えるのかっ」

「そういうことじゃないと思うけど……単純に滅尽の樹魔エクス・ウッズはSランクの魔物だ。Sランクの女王バッタと戦ったことがあるけど、簡単には倒せなかった」


 女王バッタの時も苦戦した。

 Sランクになると何か特殊な能力や並外れた身体能力を持っている。

 功績を上げたいから、と言って挑んでいい相手ではない。


「Sランクの魔物を……えっ女王バッタ……っ!? まさか、お前が……⁉」


 軽く微笑んで見せる。

 

「教えろ! どうやって戦ったんだ⁉」


 初めて興味を持ってくれたようで、俺のことを聞いてくれた。

 魔法の説明もしなくちゃいけなくなるな……。


 歩きながら、どこから話せば良いか悩み、とりあえず執事の頃から話す。


「って感じで、女王バッタを討伐してイスフィール家の人たちのところで楽しく暮らしてる」

「……そうか。アルトも随分と苦しい人生を歩んできたんだ。僕と同じだな」


 ヴェインが苦笑いを浮かべる。

 少しだけ心を許してくれたようで、俺に嫌悪感を示すことはなかった。


「ヴェインもそうなのか?」

「実は僕、愛人の子なんだ。生まれた頃から嫌われててさ……なんでお前なんか生まれたんだって言われて……見返すために必死に頑張ってきた」


 あぁ……と納得する。

 だから王国騎士の団長に認められて、自分の存在を証明したかったのだろう。


「……凄い努力家なんだな」

「まぁな!! だからフレイだけは許せないんだ……! あんな飄々とした態度で! なんで僕よりも高得点を訓練で叩き出すんだ! もう!」

「あ、アハハ……」

「まぁ、僕の努力なんかよりもアルトの方がよっぽとすごいと思うけどね!」


 本当はフレイも努力しているけど、それを表に出すことがないだけだと思うなぁ……。

 それもフレイらしいと言えばフレイらしいけど。


「アルト。そんなことは知らず、嫌いとか帰れとか言って悪かった、ごめんな」

「良いんだ。俺もヴェインのことが知れて良かったよ」

「……アルト。今はアルトのことが結構好きだぞ!」


 ヴェインが親指を立てる。


 辛い人生を共感できる仲間は大切にしたい。

 ヴェインはただの嫌な奴かと思ってたけど、話してみると素直でいい奴だってことも分かった。


 よし!


「そろそろ戻ろうか。一応、見て回ったけど見つからなかったし」

「僕もそう思っていたんだ! 奇遇だな!」


 俺たちは踵を返す。

 陰鬱とした森に、風が吹いた。


 すると────ドサッという音が響く

 音に気付いて見渡すとヴェイン以外のメンバーが、倒れていた。


「あれ……足元が……ア、ルト……なんだか……僕、眠く……」

 

 ヴェインも続いて倒れる。 


「ヴェイン!!」


 咄嗟に駆け寄って揺さぶるも、反応がない。


(息は……ある! なんでいきなり倒れたんだ⁉)


 様子を見るも、ただ眠りについただけだ。

 

「起きろヴェイン! おい!」 


 明らかな異常事態に、本能が叫ぶ。


(……違う! これは、眠らされたんだ!)


 強烈な魔物の匂いがする。

 ミランダさんを助けた時に嗅いだ匂いだ。


「キヒッ!! キヒヒッ!!」


 甲高い笑い声が聞こえた。

 全て樹木と葉っぱでできた人の形をした魔物が出現する。


滅尽の樹魔エクス・ウッズ……!!」


 いつの間にか、俺は魔物に囲まれていた。


 ……俺の頭上にはBランクのジャイアント・スパイダーが数体。

 正面の滅尽の樹魔エクス・ウッズの横には、息で獲物を眠らせる魔物……Aランクの睡魔トカゲがいる。


 マルコスさんには遭遇したら逃げろと言われた。


 ジャイアント・スパイダーが一斉に酸性の糸を噴出する。


「居合」


 糸を全て蹴散らす。


(眠っている人は五人。彼らを連れて逃げることは────不可能)


「はぁ……っ」


 大きく息を吐いて、目前にいる滅尽の樹魔エクス・ウッズを見据えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る