38.結果


 突然の眠気に襲われ、眠っていたヴェインが起きる。


「……っ? あれ……僕、いつの間に眠って……うわっ!!」


 目前にある魔物の死体に驚く。

 大きく膨れた腹をしたトカゲの死体だ。

 

「睡魔トカゲ……⁉ な、なんで死体がここに!」


 そこでようやく、先ほどまでのことを思い出す。

 

(そうだ、アルトは⁉)


 周囲を見渡して「────は?」と声が漏れた。


 そこには数十体の魔物の死体が転がっていた。

 魔物の血で森が染まり、自分たちの回りは綺麗なままだ。


 剣の音が響く。


 ヴェインは、を見てしまう。

 滅尽の樹魔エクス・ウッズが自在に肢体を伸縮させ、鋭利な槍となって攻撃していた。


 とてつもなく速い攻撃。


 後方に飛んで着地するも、アルトはその足を絡めとられた。

 一斉に木の槍が降り注ぐ。

 

「アルト!!」


(助けに入らないと!)


 自分が飛び込んだところで、助けにならないことは知っていた。

 それでも、騎士を目指す者として見過ごすことはできない。


「居合────」


 アルトの周囲のみを削り取るように、閃光が走る。

 ヴェインは目の前で起こる凄まじい速さの打ち合いに、唖然とする。


(僕じゃあ、滅尽の樹魔エクス・ウッズに数秒も持たない……)


 アルトがなぜ睡魔トカゲによって眠らなかったのか、何となく察することができた。

 きっと、これまでの不眠不休に近い過労により、睡眠に極度なまでの耐性があるんだ。


 そこに至る前の辛い人生を、話だけで聞いていても想像はできない。


 戦いについて行けない。

 もはや戦っている領域が違う。


 気が付けば、泣いていた。


(アルトは僕たちを守るため、必死に戦ってくれているのに……っ!!)

 

 悔しい。いくら努力しても、あの強さに届く想像ができない。

 力になることができない。

 

「早く報告しないと……マルコス団長に……伝えないと……!」


 泣いている場合じゃない。


 少しでも、アルトの負担を少なくするんだ!

 それが今の僕にできることなんだ……っ!


 周りで寝ている他のメンバーに目をやる。

 

 ここに置いて行ったら、アルトの邪魔になる。連れて行くしかない。


 四人もの仲間を、必死に抱えてその場を離れていく。


(ごめん……アルト!! 少しだけ耐えてくれ……っ!)


 *


 身体がどっと重くなる。

 【付与魔法】身体強化が切れた。


 滅尽の樹魔エクス・ウッズの強さは身体の伸縮性だ。


 どこまでも追って来る攻撃が厄介すぎる。

 

 幸いなことに、コイツの攻撃は樹木だから居合で切り裂くことができた。斬った感触は軽く、両断は容易い。

 最も厄介な点は、すぐに再生することだ。


(ヴェインが離れたことはさっき見た。でも、ここで誰かが滅尽の樹魔エクス・ウッズを抑えておかねばならない。コイツは、逃がしちゃいけないんだ)


「【付与魔法】身体強化」

 

 身体がどうこうって迷っている場合じゃない。

 ここで俺が逃がして、誰かが死ぬことは避けなければならない。


 もしかすれば、次の被害者はイスフィール家の人たちになるかもしれないんだ。


「キヒッヒヒッ」


 その刹那、滅尽の樹魔エクス・ウッズが地中から木の槍を噴き出させる。

 地面を大きく抉る。


 咄嗟に横に避けて、アルトは飛び掛かった。


「【疾駆】」


 胴体を狙った剣を、滅尽の樹魔エクス・ウッズは腕で防ぐ。

 刃が弾け、火花が散った。


(樹木を硬質化でもしているのか⁉ 硬い……っ)


 自慢するように、瞬時に腕を再生させる。


「斬っても無駄って言いたいのか……っ!」 


 またもや地中から木の槍が出現する。


 大きく飛んで避けると、宙に浮かんだままのアルトへ、


「キヒッ!!」


 無数の槍が襲いかかる。

 

 足元は空中。姿勢も安定していない。


「────居合」


 不安定な場所で居合を放つ。

 遠距離でも攻撃できるって、やっぱり厄介だ。


 着地して、息を吐いた。


「はぁ……」


 呼吸を整える。

 居合の連発でも決定打にならない。

 

(考えるんだ。どうやって倒せばいい……滅尽の樹魔エクス・ウッズの弱点は火だと言っていた)


 相手のことを注視すると、先ほど俺が斬った腕が見えた。


(傷は簡単に塞がれ……あれ? なんか焦げてる)

 

 刃が削れて、発生した火種で身体の一部が黒くなっている。


 もしかすれば……。


 一瞬、目の前が暗くなる。 

 身体強化の負荷が蓄積している。時間は掛けられない。


 アルトは剣の柄を握り直し、腰を低くした。

 地面を割って【疾駆】する。


「キヒヒヒッ!」


 前方から踏み込んで来るアルトへ、樹木の攻撃をする。

 アルトが俊敏に動き、攻撃を躱していく。


 至近距離まで近寄ってもなお、滅尽の樹魔エクス・ウッズは笑みを崩さない。

 先ほど、アルトの攻撃を防いだことで自身の防御力を信じていた。


「────居合」


 なぞるように、剣を滅尽の樹魔エクス・ウッズの胴体に斬りつける。

 激しい火花が散り、アルトは距離を取った。


「……キヒッ!!」

「硬いってのも、考え物だな」


 滅尽の樹魔エクス・ウッズの身体が燃え上がる。

 火花による引火。


 苦しそうな断末魔の声をあげ、もがき始めた。


 俺を見て、憎たらしい目つきを残したまま……滅尽の樹魔エクス・ウッズが地面に倒れる。


 剣を振り、鞘に戻す。


「アルト!!」

「アルトくん! 大丈夫かい⁉︎」


 ヴェインが呼んだ救援がやってくる。


「マルコスさんにフレイ……ヴェインが呼んできてくれたのか。ありがとう」

「これくらいしか、僕にはできなくて……ごめん!」


 そんなことないよ、と軽く微笑んであげると、ヴェインが泣き出す。


「怪我がなくてよかった」

「アルト……君って奴は……!」


 努力家で素直なヴェインを守れたのなら、頑張った甲斐がある。

 さらに討伐されたSランクの魔物を見て、


「おいおい!! まさか一人で倒したのか⁉ 冗談だろ⁉」

「単独で倒してしまうなんて……」

「女王バッタより強かったですね……アハハ」


 覇気の無い笑い声を出すと、【付与魔法】身体強化の効果が切れた。

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