22.~ウェンティ視点~
寝室のベッドで、うずくまってウェンティはすすり泣いていた。時折、思い出したかのように深く泣いてシーツを濡らす。
「アルト……」
婚約者の前で無礼を働き、王女殿下に秘密を明かされて惨めな姿を晒した。笑い者にされたウェンティは、それからずっと部屋に引き籠っていた。
金塊をウェンティは知っていた。でも、父親に喋るなと言われて黙っていたのだ。事実、ウェンティは金塊に手を付けてはいない。なぜなら、そんなものに興味はなかったからだ。
「お金なんかどうでも良かったの! アルトさえいれば……私は良かったのに……」
アルトに初めて拒絶された時、悟ってしまった。
アルトはもう、私のことなんて考えてない。
(好きだったのに、いつからか気持ちが歪んで……だから……ごめんなさい……)
後悔と懺悔を繰り返しても、アルトは帰って来ない。
幼い頃、私は貴族の子どもたちにイジメられていた。
階級社会である貴族にとって、男爵で弱い家だった私はイジメられる対象に丁度良かった。
次第に部屋に引き籠りがちになった私に、アルトだけが優しくしてくれた。
私がお願いをすれば、何でも叶えてくれた。
アルトは恩返しのつもりだったのだろう。
でも、私は嬉しかった。アルトが居たから、私は世界に許されてる気がしていた。私だけをアルトが見てくれる。
ある日、アルトにお願いをした。
『私をイジメてたあの子……懲らしめて来てよ……』
自分で仕返しする勇気なんかなかった。
だからアルトに頼んだ。アルトなら何でも言うことを叶えてくれる。きっと、私をイジメてた奴らを痛めつけることくらい────。
『それは無理です。きっと、ウェンティお嬢様が苦しみますから。ですから、そう言ったご命令はおやめください。俺はウェンティお嬢様が心の優しい方だと知っております』
何を言っているか分からなかった。
どうして私が苦しむの?
私をイジメてた奴らに仕返しして何が悪いの?
そう思った途端、怒鳴っていた。
癇癪を繰り返すたび、些細なことでもアルトに当たるようになった。
それが何年も続き、私は歪んでいった。
「私は……強くなんかない。怒鳴って、叫んで、自分が強いように見せてただけだって……アルトは分かってたんだ……」
本当に仕返ししていたら、きっと心の奥底で後悔していただろう。
自分が傷つくことも、他人が傷つくことも本当は怖い。
アルトは誰よりも私のことを知っていた。
傍に居て、唯一の理解者だった。
そんなアルトを────奴隷みたいに扱った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……アルト……」
毎日泣く日々。だが、長くは続かない。
ちょうどウェンティの部屋がある廊下から、声が響いた。
「ルーベド・ラテス!! 貴様を捕らえる命が下された!」
「な、なんだ貴様らっ!! 無礼であるぞ!」
声に驚き、ウェンティが部屋のドアをゆっくりと開ける。
そこには王国騎士によって捕縛されている父が居た。
「離せ!! このっ! おい! 貴様ら俺を誰だと思っているのだ!」
きっと王女殿下が手を回したんだ。
叫び散らかし、連行されていく父親を見てウェンティは諦めた様子を見せる。
一人の騎士と目が合った。
「……ルーベド・ウェンティだな?」
「えっ?」
「お前の父は隣国バルバロッサと密貿易を行い、獣人やエルフと言った奴隷を輸入しようとした。そして、貿易商人のフラメン家も関わっている」
「ふ、フラメン家って……あのブタ男の家じゃ……」
「お前も知っていたのか?」
伯爵家のフラメン家は商人の家系だった。黒い噂も絶えず、貴族たちの間ではあまり好かれていない家系だ。
大方、秘密裏に奴隷を買おうとした所を見つかって、フラメン家に脅されて私を差し出したんだろう。
ウェンティは察した。
(……アルトのいない生活に意味なんかない。もう、いいや)
素直になってしまおう。生きるのが辛い。
「王女殿下からいただいた大金を使い、奴隷を買おうとしているのは知っていました。それを見過ごしていたことは事実です」
楽になりたい。
王女殿下の善意を悪用した。
どんな結末が待っているかはよく分かっている。
「そうか……はぁ、王女殿下も面倒なことをしてくる。俺だって忙しいんだよなぁ」
そこに居たのは、王女殿下より直々に命令を下された王国騎士団、団長のマルコスだった。
「とりあえず、お前も連行する。父親と一緒に話をよく聞かせてもらうぞ」
(もう、ルーベド家は終わりね。私の家は没落……最後に、アルトに謝りたかったなぁ)
あぁ、また自分勝手だ。と思いながらウェンティは僅かに微笑んだ。
*
一方その頃、暗黒バッタ一号に金塊を食べさせたレアとウルクは、お互いに顔を見合わせていた。
「あら……あらあら? これ、どうしましょう……私たち、アルト様に怒られるのでしょうか?」
「どうするって……わ、私は知らないからな!」
「たくさん食べさせたらもっと変わるんじゃないかって言ったのはウルクですよ?」
二人は責任を押し付けあっていた。
目の前には変化した暗黒バッタがいる。
「……眩しいな」
「眩しいですね……どうしましょう。この────黄金に輝いてるバッタ」
そこに、アルトが帰宅した。
「ただいま……っ⁉︎」
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