21.~レア視点~
アルト様がお出かけになられてから、数刻ほど経過致しました。まだお帰りになりません。
わたくしは、静かに窓の外を眺め、アルト様の帰りを待っているのです……。まるで戦場にいる夫の安否を心配するかのような、可憐な妻として……。
「うう……なのに、なのに! なぜバッタと一緒に待っているのですか!」
「仕方ないではありませんか。アルトからのお願いですよ」
「せっかくアルト様が居るから来たのに! 氷の令嬢とばかりイチャイチャして、わたくし、許せません!!」
「うぐっ……」
氷の令嬢と言うと、ウルクが固まる。
曲がりなりにも、それが陰口として言われてきたことを認識しているのだろう。
一部の男性たちからは美しい氷のような女性だと評されていることに気付いていないのだ。
「……そういえばレア王女殿下? ウェンティに横取りされた金塊の山はどうしたんですか?」
「あぁ、あれですか。もう手は打ってあります。わたくしの財宝に手を出したのですもの。それ相応の罰が待っているに決まっているでしょう?」
扇を開き、口元を隠して仰いだ。
「不届きな輩ですこと。アルト様から搾取するだけに飽き足らず、王族である私を騙したのですもの。斬首でもおかしくありません」
さり気なく斬首と言う言葉を使ってみるも、ウルクの表情に変化はない。
普通の貴族が聞けば、怖がって青ざめた顔をするというのに……。
まるで死を知っているかのような……いえ、当然ですか。
冒険者なら一度や二度、死にかける経験はあるでしょう。
『冒険者として必ず旅にでる』というイスフィール家の家訓は、こういう所が育てられているのですね。確かに、優秀な人材が多いことも頷けます。
普通の貴族は軟弱で、自分のことしか考えていない者たちばかり。
ふむ……彼女になら気を許しても良いでしょう。
「ウルク嬢。私と会話する時に敬語は不要です。あまり年も変わらないのですから」
「そ、そうですか……ではご厚意に甘えて。これでいいか?」
ふむ。素直に言うことも聞く。
悪意も感じられませんし、良い女性ですね。
って私は何を納得しているのですの!!
彼女は敵になるかもしれないのですよ……。
確かに、天然、おっちょこちょい、加減を知れ、とお父様には言われていますが。
思った通りに生きられない身分なのですから、それくらい許して欲しいものですよ、まったくもう。
「ふぅ……ですが……バレるとお父様に怒られるのは目に見えているので、できれば穏便に事を済ませたいのですよね」
「なら、最初からしなければ良かったんじゃ? アルトはお金になどあまり興味がないぞ?」
確かにアルト様はお金に興味があるようには見えません。
どちらかと言えば、誰かのために良い事をしてあげたい。喜んで欲しい。それで自身が満足するとても心優しい方。そこが美しくアルト様らしいのですが……。
「ノーノー!! 女という物は、殿方に対して包容力を見せるものなのです! いつでも養ってあげられる、守ってあげられる! 男性は母性のある女性を好きになるのですよ!」
「そ、そういうものなのか……」
彼女にはきっと分からないでしょう。ええ、でもそれで良いのです。
私だけが理解していればよいのですから。
「にしても……暇ですのねぇ……」
ウルクはアルトの文字でびっしりと書かれた研究ノートを開く。
「そろそろ暗黒バッタに餌をやろう。次は……玉ねぎか」
「……暗黒バッタは本当に何でも食べますのね」
「この厄介さがドラッド王国を苦しめていると考えると、憎らしいな」
「……金塊とか、食べるんでしょうか?」
「え?」
「ちょっとあげてみましょうよ。一体だけなら問題ありませんって」
レア王女殿下の、咄嗟に思いついた案によって、一号の暗黒バッタに金塊を食べさせることになった。
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