46.ミル
俺とウルクが冒険者ギルドへ入ると、叫び声が聞こえる。
黒髪をした、一人の少年が必死に色んな冒険者へ話しかけていた。
「お願いします……父さんを探してください! お願いします!」
「わ、悪い……俺たちは別の依頼があるから」
断られても違う冒険者に話しかけ、また断られる。
「ベアックさんにはお世話になってきたけど……ごめん」
「あっ……」
少年がその場に崩れ落ち、項垂れる。
その光景を周りの冒険者は憐れんだ様子で見ながらも、手を差し伸べようとはしなかった。
「アルト?」
俺は静かに歩み寄って、手を差し伸べた。
「大丈夫? 立てる?」
「……はい。ありがとうございます」
少年は埃を落として、隣にいるウルクに驚いた。
「あなたは……! イスフィール家のウルク様!」
「様なんてやめてくれ。今は冒険者なんだ。呼び捨てで良い」
「いえいえ! 侯爵様を呼び捨てだなんて……! 従者の方も私のような者に優しくしていただきありがとうございます!」
苦笑いを浮かべ、自分の服装を見る。
従者って……まぁ、そう見えるかもしれないな。
「アルトは従者じゃないぞ。大事な友だ」
「友……? あっ、これは失礼しました!! 雰囲気が従者の方みたいでしたので……」
「気にしないでください。実際に元々は違う家の執事でしたから」
俺は「ところで」と言って話を続けた。
どうして必死に冒険者に声を掛けているのか、問いかける。
「俺、ミルって言います。実は父さんが依頼を受けた三日前から家に帰ってきてないんです」
「なんの依頼を受けたんだ?」
「リザードマン討伐で……すぐ帰ると言っていたんですが、帰って来なくて」
「うーん……ただ帰ってこないだけじゃないか?」
「でも! 今は
そう言われてしまい、ウルクは黙り込む。
「お父さんはどういう人なの?」
「えっと、みんなからは荒熊って言われてて、凄く大きな体で強い男です!」
「荒熊……もしかして、君はベアックの息子か?」
「はい! 父さんみたいに強い男になるのが夢なんです!」
俺が不思議そうにしていると、ウルクが教えてくれる。
「荒熊ってのはベアックのあだ名だ。荒々しい戦い方で、熊のような体格からそう言われている。駆け出し冒険者に対して凄い優しくて気前の良い男なんだ」
(なるほど。ベアックさんはフィレンツェ街で愛されている冒険者かな……だけど周りの冒険者は)
彼らに視線を向けると、目を逸らされる。
こちらことが気になるものの、
ベアックさんが帰ってきていないのなら、
誰だって危険なことに足を踏み入れたくはないだろう。
「ぺタスおじさんにもお願いしたんですけど、冒険者ならそうなることも覚悟しておけって……」
「あのぺタスさんが?」
ギルドマスターのぺタスさんとは暗黒バッタの件以来から会ってないけど、そんな冷たいことを言う人ではない。
真っ先に「助けに行く!」と言い出しそうな物だが……。
「……ウルク」
顔を向けると、一瞬だけウルクが驚き「はぁ……」とため息を漏らした。
「アルトらしいな……分かった」
「ごめん、違う依頼が良かったかもしれないけど」
「構わないぞ。ベアックには私もお世話になったことがある。これで恩返しになるだろうしな」
状況を飲み込めないミルが、俺とウルクの顔を交互に見る。
「俺たちじゃダメかな?」
「えっ……?」
ただ善意のためじゃない。
父親のために必死になる彼を見て、助けてあげたいと思ったんだ。
家族を大事にする人の気持ちはよく分かるから。
「お父さんを探しに行くの、手伝わせて欲しいんだ」
「ほ……本当ですか⁉ あ、ありがとうございます!」
目尻に涙を貯めながら、ミルは俺の両手を掴んだ。
*
アルトたちが冒険者ギルドを去った後、ぺタスが大慌てで受付に来る。
「あっギルドマスター。大慌てでどうしたんですか?」
「はぁ……はぁ……装備を持ってきたんだよ! ミルの奴はどこ行った!?」
「え? ミルくんですか……? 彼ならもう行きましたけど」
「行った⁉ ベアックの奴が帰って来てねえっつうから、装備引っ張り出してきたんだぞ⁉ 誰とだ、誰と行ったんだ!」
受付嬢は人差し指を口元に当てて言う。
「えっと……アルトさんとですね」
「はっ⁉ アルトが⁉」
ぺタスは大きくため息を漏らす。
「アルトなら問題ないか……」
「ギルドマスター。あんな恰好つけず、素直に装備持ってくるから待っててって言えば良かったんじゃないですか?」
「恰好くらい付けさせろ……ベアックの奴、無事だと良いがな」
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