19.研究の成果


 研究を始めて一日。

 イスフィール家の屋敷にある、使っていない部屋を借りて、本が積み重なっていく。


「おはよう、一号、二号、三号、四号、五号」


 ウルクと捕まえた暗黒バッタに番号を付け、食事を与えていく。


 屋敷にあった暗黒バッタの資料をまとめると、面白いことがいくつか分かった。

 まず、暗黒バッタが出現したのは二十年ほど前、食糧難であったドラッド王国が他国から食料になるということで輸入したことが始まりだったと言う。


 実際のところ、食べられる部分は少なく、処理に手間が掛かるため食べ物には適していない。最終的に国内で大繁殖して、抑え込めず飢餓が起こると言った本末転倒になっていた。

 

「一号と二号は……【付与魔法(エンチャント)】で毒を付与した餌を食べても無反応か」  


 ムシャムシャと毒の餌を食べている。

 人が食べても死なないとはいえ、虫の身体にとっては有害なはずだ。うーん……。


 逆に……三号と四号、五号は暗黒バッタの好みを知るために色んな食べ物を与えていた。


「リンゴ……オレンジ……トウモロコシ……どれも同じくらいの反応を示したが、一番顕著なのが小麦だ。本に書いてあった通りだな」


 ドラッド王国では主食にも使われている小麦が一番好きなのか……。

 確かに、大打撃になるのも分かる……。


「アルト、本当にここで寝泊まりしているのか……?」


 ウルクが間食のサンドイッチを持ってきてくれた。

 キャベツと新鮮なトマトなどを挟んだシンプルなものだ。


「うん。あまり時間もないし、些細な変化でも記録しておきたいんだ」

「……無茶はするなよ? 私もできる限りは手伝うから、何でも言うんだぞ?」

「ありがとう。じゃあ、暗黒バッタに関する本をもっと集めてくれると嬉しいかな」


 そう、ドラッド王国に元々はいなかった。これが意味するところは、暗黒バッタに関する本が極端に少ないということだ。


 世界的にも問題になっているかと思ったが、食べている国が多いらしいし……美味しく食べる調理法が伝わってきていないのは致命的だよな……。

 

「それくらいならお安い御用だ。急いで手配しよう……で、軽く数百冊あるが……読みきれるのか?」

「うん? あぁ、全部読み終わったよ」 

「えっ……まだ一日しか経っていないんだぞ⁉」

「そ、そう言われても……読む時間は考える時間より長くなりがちだから、とにかく早く読んだ。今のところ、新しい発見は一つかな」

「も、もう何か分かったのか⁉」


 数百冊ある本の中で、一冊だけ他国の本があった。

 国名はジュラドア。大河のある国らしく、数億匹もの暗黒バッタが毎年繁殖しているらしい。

 そこの国は暗黒バッタを食べているようで、この一冊に面白い一言があった。


「暗黒バッタの中に、純粋種と呼ばれる女王がいるみたいだ。その女王が餌となる場所を決めて、大群を率いて大移動しているらしい」


 事実か確かめる方法はない。

 でも、唯一その本だけ書いてあった。


「女王……? そんな話は聞いたことがないな」


 やっぱり。

 統率がなくなった暗黒バッタは散らばってバラバラになるが、まずは女王が居るかどうかの確認が大事だろう。


 一日目にしてこの収穫はデカいだろう。


「レア王女殿下!! お、お待ちください!」


 廊下からテットの叫び声が聞こえた。

 ドアが強く開いた。


「アルト様っ!!」

「レ、レア王女殿下⁉」


 ズカズカと足を踏み入れ、俺の前まで来ると笑みをこぼした。

 

「アルト様が大変だと聞いたので、助けに参りました!」

「た、助けって……」

「今度こそ、受け取っていただきますよ!!」


 窓を開けて、そこから馬車が見えた。

 

「金塊、100万ゴールド相当。前と比べたら少ないですから……ドラッド王国でも数冊しかない魔法書を持ってきました!」

「え、えっと……あの……」


 凄く有難い好意なのだが……正直、これだけの金塊と魔法書を見せられて思ったことがある。

 ウルクも同意見だったようで、ボソッとつぶやく。


「……なぁ、レア王女殿下は、国と戦争するつもりか?」

「あ、アハハ……」


 そりゃそう思うよね。

 ムッとした王女殿下が俺に一冊の本を渡した。


「これとかどうでしょうか? 王城の禁書庫より持ってきた物で、空気中の魔力を凝縮させ、小麦粉などを創造することで大爆発を起こす魔法書なんですけど……アルト様には、似合うと思いますよ?」

「いやいや! そんな物騒な魔法は使いませんよ!」


 そんな大量虐殺できそうな魔法を渡されても扱いに困るな。

 もっと生活に役立てるような、みんなが喜んでくれるような魔法が良い。


 ……でも、空気中の魔力を凝縮か。そんな方法があるなんて初めて知った。


「謙虚なアルト様も……また可愛く御座います……では! 別のことでしたら、お力添えできると思います!」

「じゃあ……そうですね。一号、二号、三号……彼らの世話を少しだけ任せても良いですか?」

「なんなりと! で……その彼らとは?」

「この子たちです」


 虫籠に入った暗黒バッタを見せると、「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 流石の王女様も、虫ばかりには勝てないか。


「あ、アルト様のお願いとあれば……えぇ、このレア。誠心誠意込めて、彼らを観察しましょう」

「ありがとうございます」


 じゃあ、任せて行こう。

 近くにある剣を手に取る。


「どちらに行くのですか?」

「これから暗黒バッタに会いに行ってくるんです。確かめたいことがありまして」


 女王が本当にいるのか。ついでに数匹ほど捕まえておきたい。

 俺一人で向かおうと思っていた所、ウルクが声を掛けてくれる。


「あ、危ないだろ⁉」

「大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから」

「駄目だ! 今は暗黒バッタの影響で魔物も餌を求めてフィレンツェ街の外周に出てきている! アルトの実力を疑う訳ではないが……せめて護衛をつけていけ!」


 あっと俺は思った。

 魔物か……そんな影響もあったんだ。


 もしかすれば、いつもは出現しない魔物が出てくるかもしれない。

 俺一人で行って何かあったら、イスフィール家のみんなに迷惑を掛けるはずだ。

 

 俺は自分のことを最強だとは奢ってはいない。

 少し悩む。


「じゃあ、冒険者ギルドに依頼して数人ほど護衛を頼もうかな。提案してくれてありがとう」

「気にするな……それより、気を付けて行ってこい。そうだ、帰ってきたら何が食べたい?」

「ウルクの作る物なら何でも食べるよ」


 忌憚なく告げて、部屋を出て行こうとする。


「むー……なんでわたくしだけ置いてけぼりなのでしょう」

「すみませんレア王女殿下。また今度、お礼しますので」

「……お礼。フフッ、その言葉、忘れませんよ」


 ギクッ……ちょっと失言だったかな?

 

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