33.馬車
王都へ向かうため、俺は一人で行こうとしていた。
手続きだけなら、すぐに済ませてしまえば良いと思ったのだ。
でも、イスフィール家のみんなが早朝に馬車を用意してくれていて、みんなで行くことになった。
しばらくして馬車の中で、
「アルトよ……なぜ一人で行こうとしたのじゃ。儂たちも一緒に行くぞ」
「す、すみません……すぐに帰ってくるつもりだったので……」
「ダメだぞ、せっかくのアルトの晴れ舞台なんだ。この眼でちゃんと見ておきたい」
なんか恥ずかしいな……。
だけど、みんなで王都に行けるのは少し嬉しい。
「まぁ、厄介な人間から守るためでもあるがの……」
「厄介な人、ですか?」
誰だろう。
少しばかり、言いづらそうにレーモンが口を開いた。
「ウルクの母親じゃ。アイツは美肌にうるさくてな……たぶん、王都の屋敷に到着したら詰められると思う」
「そ、そうなんですね……」
「アルト様、申し訳ございません。レーモン様が昨日、上機嫌に『早くミランダにお風呂を自慢してやろう!』と言い出して速達で手紙を送ってしまったのです」
「テット、それは言わんでくれ。アルトに顔向けできん……」
アハハ……と苦笑いして「気にしなくていいですよ」と伝えた。
肌の潤いを保ちたいと思うのは、女性なら当然のことだ。
綺麗でありたいと努力している女性は、本当に美しい。
「本当にお母様は美人だからな……自慢ではあるが、アルトに会わせるのが少し怖い」
でも、イスフィール家のみんなは優しい人だって知っている。
きっと、ウルクのお母さんも良い人だろう。
そんなに俺が身構える必要もないはずだ。
「ヒヒヒィィィン────!!」
馬車が突然止まって、姿勢を崩したウルクを咄嗟に庇う。
「なんじゃ⁉」
「ウルク、大丈夫?」
「あ、あぁ……ありがとう」
怪我はないみたいだ。
馬車の丸窓から顔を出し、御者に声を掛ける。
「どうしたんですか!」
「す、すみません……っ! あそこの商人馬車が魔物に襲われていて!」
先頭を確認すると、魔物に襲われている商人の馬車があった。
荷台の果物が転がり、車輪は壊れていた。
そこに黒毛の魔物が獲物を捕食せんと幌を突き破っていた。
目を凝らしてみると荷台に数人の人影が見えて、
「誰か! 誰か助けて! お願い!」
と声が聞こえた。
(……っ! 行かないと!)
剣を手に持って、俺はその場に降りる。
「や、奴はAランクの黒狼マルコシアスだ! 馬車なんか絶対に襲わないのにっ! い、今すぐ引き返して逃げましょ────」
「ここで待機していてください!」
はっきり言って【疾駆】し、魔物に近寄る。
「アルト!!」
ウルクに僅かに微笑んで、前方にいる黒狼マルコシアスに目をやった。
御者が声を張り上げる。
「はっや! な、なんですかあの人……っ!」
剣の柄に手を伸ばす。
(一撃で終わらせる)
黒狼マルコシアスもこちらに気付いたようで、向けていた牙の矛先を変えた。
「ガァァァッ!」
さらに地面を蹴って加速する。
そして俺の支配域に入った瞬間、
「居───ッ⁉」
と技を出そうとして背筋がぞくりとした。
居合を中断し、後方へ下がる。
(……今、何か嫌な予感がした)
この魔物、何かが変だ。
その予測通り、黒狼マルコシアスは口内から黒き炎を放出する。
横に逸れると、思わず顔を覆いたくなるほどに熱い炎が広がった。
(……黒い炎? いや、ただの炎じゃない気がする。警戒するに越したことはないけど……)
こんなのバンバン打たれたら、被害がでる。
今度こそ一撃を入れるべく剣を握る。
「【疾駆】……っ!! 居合!」
下段から押し付けるように刃を振り放つ。
ガキンッ────
(牙で防がれた!! 器用だな!)
アルトが奥歯を噛み締めながら、懐からナイフを取り出し眼に向かって投擲する。
命中し、隙ができる。
悲鳴にも似た鳴き声を上げる黒狼マルコシアスの頸を、斬り落とした。
死体となった魔物を俯瞰し、剣に付いた血を振り落とす。
「……ふぅ……あれ? 魔物って死んだあと、黒い霧なんかでたっけ?」
普通、魔物を討伐しても死体が残るだけだ。
(初めて見た……)
「────ッ!!」
突如、強烈な魔物の匂いがして、咄嗟に辺りを見渡す。
(なんだこの濃い魔物の匂い!! さっきの魔物じゃない何かが、近くに居る!)
しかし、どこにも匂いの根源は見当たらなかった。次第に香りは薄れていく。
……僅かにだけど、視線も感じた気がする。
気のせい、かな?
少し悩んでいると、襲われていた商人たちや遅れてやって来たウルクたちが唖然とした顔をする。
レーモンが魔物の死体を見てつぶやく。
「な、何という奴じゃ……っ、こんな短時間でAランクの中でも最上位の黒狼マルコシアスを討伐したのか……」
「ちょっと苦戦しました」
実際、一撃防がれた。
見て反応された。流石に上位の魔物ともなると、そう簡単には倒せないらしい。
「アルト! 知ってたのか? 黒狼マルコシアスの炎に、しばらくは傷が治らない呪いの効果があること」
「……いや、直感だった。なんとなくヤバいなって」
「直感って……躱すだけでも難しいというのに……アルトはやっぱり凄いな」
躱すという直感が正しかったみたいだ。
お陰で怪我もせずに済んだ。
「なぁウルク。魔物って死んだ後に黒い霧なんか出たか?」
「い、いや……そんなものは聞いたことがないが……」
そっか。
うーん、なんだったんだろう。
「す、すげぇ……きっと名高い冒険者だ」
「おいらたち、あの兄ちゃんのお陰で助かったのか……?」
商人たちが俺の傍に寄って来て、手を握りしめる。
「君! きっと名高い冒険者なんだろう⁉︎ ありがとう!」
「おいらの命の恩人だ! ありがとう!」
「みなさんが無事で良かったです!」
押し気味に感謝され、助けて良かったと思った。
さきほど襲われかけていた女性に手を差し伸べる。
「立てますか?」
「え、えぇ……助かったわ。あなた、強いのね」
白銀の髪に、束ねた髪を後頭部にふんわりとまとめた女性だ。
(あれ……なんかどこかで見たことあるような顔立ち……すごい綺麗な人だなぁ)
「……ん、ん⁉ なんでここに居るのじゃ⁉ ミランダ!!」
「あら、パパ。それにウルクまで……どうしているの?」
「お母様こそ……」
「だって、あんな手紙を貰ったら、お風呂に入りたくなるじゃない! お肌が艶々になって若返るのでしょ⁉ でも、急ぎすぎて弓を忘れたのはマズかったわね~。危なかったわ」
えっえっ⁉
思わず二度見する。
「う、ウルクのお母さん⁉」
「ええ、そうなの~。ウルクのお母さんです……ってことは、君が手紙に書かれてたアルトくんね?」
獲物に睨まれたような瞳に、少しだけ背筋が凍る。
ミランダが俺の腕を掴んで、耳元で囁く。
「意外と可愛い顔してるのね……それに強い。何かお礼とかして欲しい?」
「いえいえ! 当たり前のことをしただけなので!」
ミランダの豊満な胸に俺の顔を埋めさせてくる。
ウルクと同じくらいの大きさ……。
「キャーッ‼︎ 謙虚で素直! ほんと可愛い! 私この子のことすんごく気に入った‼︎」
「お母様……? アルトに色目を使うのはやめてください」
珍しく、低く唸るウルクに驚いた。
こ、怖いな……。
「もう、相変わらず真面目なんだから……さっ王都の屋敷に行きましょ? 早くアルトくんの例のお風呂に入ってみたいのよ~。あと、とっても大事な話もあるから……」
「大事な話ですか?」
「ええそうよ。アルトくん、魔道具に興味ない?」
その言葉に反応する。
魔道具って、ドラッド王国に数百個しかないっていうレアな物だ。
『攻撃魔法を吸収し、数倍の威力にして返す盾』
『魔物を使役することができる角笛』
『吸った血の量だけ、所有者の身体能力を向上させる刀』
などと、規格外な能力を持っている物ばかりだ。
作るのが難しくて、鉱山でも一つしか取れないという超高濃度魔鉱石が素材となっている。
「実は一つ、持ってるの。素材となる魔鉱石」
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