32.子どもたち

  

 孤児院のお風呂に、ウルクとラクス。子どもたちが入っていた。

 二人は近くでバチャバチャと遊ぶ子どもたちを微笑みながら見ている。


「これ、凄く気持ち良いですね~。数十年ぶりに疲れが無くなっていく気分です……ふぅ……こら、サラ、ネア。あんまり暴れるんじゃありません」


 注意すると、双子のサラとネアが静かにお風呂に入る。


「アルトの作ったものだからな。効果は保証する」


 自慢げに言うウルクに、私は驚いた表情を見せた。


(ウルクさんが、こんな自慢気に語るなんて初めて見ました……)


 微笑みながら、


「あんなに優しい方、初めてお会いしました」

「……あぁ、良い奴なんだ。でも、アルトは自分のことになると途端にダメになる。だから誰かが守ってやらないといけないんだ。私からすれば、危なっかしくて仕方ないよ」


 孤児院のために、お風呂の商売をやってくれようとしている。

 ……純粋に、孤児院を助けようとしてくれていることは分かる。


 それがどれだけ高尚なことか、アルトさんは気づいていないんだ。


「でも、良いんですか? アルトさんならきっと、もっとお金を稼ぐことができるはずですよ?」


 これだけの知識と魔法。発想力を持っているアルトなら、もっと他のことでお金をたくさん稼ぐことだってできるはずだ。


「アルトはお金儲けなんて考えてないんだ。自分の持っている物を誰かの役に立てられたら良いな、そう思っている奴だからな」

「フフッ……ウルクさん。アルトさんに凄い詳しいんですね」

「当たり前だ。私が一番アルトには詳しい────ごほんっ! 少しだけだ……」


 と言って、ウルクが口元を風呂に沈めた。

 思わず、クスッと笑ってしまう。 


(素直な反応……でも、本人は気づいてないみたいですね)


 こう、乙女を見ていると純真な頃を思い出します。もうずいぶんと前で忘れてしまいましたが……。


「その、ラクスはアルトのことをどう思った? なんていうか、男性としてと言うか……」

「あぁ……そうですね。良いな、と思いました。アルトさんは、きっとモテますね」


 忌憚なく伝えると、ウルクが少し落ち込む様子を見せた。

 アルト本人に聞くのが怖いのだろう。

 

「……そうか」

「安心してください。取ったりしませんから」

「べ、別にそういう訳じゃない……! と思う……」


 ウルクさんは不器用ですから、いつか早いうちに自分の気持ちに気付いて欲しいですね。

 

「そうだ! お風呂を上がったら、可愛くしてあげますね」

「えっ? 私なんかが可愛くなっても、似合わないだろ?」

「フフッ、少しでも恩返しさせてください」


 すると双子のサラとネアがお風呂に飛び込んで、水が跳ねる。


「「わーい!」」

「……サラ、ネア? お風呂で暴れるのはやめなさいって言ってますよね?」


 *

 

 俺がみんなのご飯を用意していると、お風呂から上がったウルクに目を奪われた。

 ワンピース姿にふんわりと髪の毛をまとめ、おっとりとした風貌になっている。


「ウルク……?」

「……あんまり見ないでくれ。恥ずかしいんだ」


 美人の村娘と言ったような感じで、冒険者の服装とはまた違った趣がある。

 

「良いと思う。似合ってるよ」

「そ、そうか?」


 ウルクは髪の毛をくるくると絡めて、俯いていた。

 

「おっ! アルトじゃねえか!」


 突然名前を呼ばれ、そちらを振り向く。

 すると、【蒼穹の剣】の三人が居た。


「ヒューイさん! それにティアさんとブラドさんまで! どうしてここに?」

「久しいな、アルト。相変わらず元気そうで安心したぞ」

「はい! ブラドさんも元気そうで!」


 ヒューイが鼻を鳴らしながら、得意げに語りだす。


「ヘへッ、俺たち三人とも孤児でよ。この孤児院で育ったんだ。たまにこうして三人で帰って来て、ほら、大量の肉を買ってくるんだ」


 ヒューイの手にある肉を見て、子どもたちから歓喜の声が漏れた。

 そうだったんだ……だから、三人とも凄く仲が良かったのか。


 【蒼穹の剣】に気付き、ラクスが出てくる。


「来ていたの? ヒューイ、ティア、ブラド、お帰り」

「「「ただいま!」」」

 

 その光景を見て、少しだけ感情が揺さぶられる。

 ここは、彼らにとっても大事な家なんだ。

 

「みなさん! 些細な物ですが、料理を作ったので是非食べてください!」

「うおおおっ! アルトが作ったのか⁉ 絶対食べる!」

「美味しそう……た、食べよう! ほら早く! 早くしないとブラドの分も食べちゃうからね」

「ダメだぞ! 俺だってアルトの料理は食べたい!」


「大丈夫ですよ、おかわりもありますから」


 取り皿を渡していくと、ウルクが寂しそうな顔をしていた。

 ラクスに肩を掴まれ、


「アルトさん。取り皿は私が準備しますから、ウルクさんの隣に座ってあげてください。せっかくアルトさんに見てもらおうと思ったのに」

「い、良いんだラクス。アルトもみんなのために頑張っているんだ」

 

 な、何のことだろう……。


 ちょっとしたパーティーになり、孤児院は笑顔に包まれていた。

 お金が無くても、こうして幸せな時間を過ごすことができる。


 ラクスが俺に声を掛けた。


「そういえば、アルトさん。ポーションの件、よく考えました……どうか、アルトさんの力にならせてください」

「……っ! はい! ありがとうございます!」


 よかった!

 

 これからお風呂を商売として始めるため、色々と準備が必要だ。

 細かいところをどうするか考えて、その日はイスフィール家に帰ることにした。




 そして、一枚の手紙が届いていた。

 内容は暗黒バッタの功績を正式に認められ、男爵の地位を与えられること。

 王都に来て、手続きをしろという内容のものだった。


 あっ、そういえばこんなのあったな。

 すっかり忘れていた。


 王都か……あれ、王都って確か、イスフィール家の本家があるんだっけ。

 もしかすれば、ウルクの両親に会うかもしれないな。


 ……どんな人なんだろう。ちょっと楽しみかも。


 こうして、俺は王都へ向かうことにした。

 


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