55.屋敷


 ゲリオット街の地下にある【地下迷宮】で魔物の大群を殲滅した俺たちは、返り血で真っ赤になっていた。

 アルトとレインはしょんぼりとした顔つきで、隣に居たザッシュは顔面蒼白だった。


「アルト、ちょっと疲れたね。アルトが居てくれなかったら途中で帰ってたよ」

「俺の方こそ助かったよ、レイン」

「コイツらと一緒に居たら、俺の命が何個あっても足りねえ……」


 そんな俺たちのことを、屋敷のメイドが見つける。


「ぎゃぁぁぁっ! お化けぇぇぇっ!」


 そう叫んで、メイドが走り去っていく。

 俺たちはお互いの顔を見合わせる。


(……あっ、返り血で真っ赤だ)


「……お化けだってさ。可哀想だね、ザッシュ」

「お前もそのうちの一人だよ!」

「アハハ……お風呂に入りましょうか」


 レインが目を輝かせ、両手を万歳する。


「アルトの? やったー」

「うん。ザッシュさんも嫌じゃなければ、どうですか?」

「……なんだ? 特別なお風呂ってか?」

「はい。疲労回復効果もあるお風呂なんですよ」

「はぁ? そんな万能な風呂がある訳ねえだろ……」

「まぁまぁ、ぜひ入ってみてください」


 ザッシュが疑心暗鬼になりながらも、付いて来る。

 ザッシュさんも頑張ったんだから、ちゃんと疲れは取らないとね。


 それに、返り血で魔物臭い身体でウルクやレアに会えない。

 あの魔物の大群で知ったこともゆっくり喋りたいし。


 *


 俺たちは別々にお風呂を済ませた。

 風呂上りに3人で横並びに屋敷を歩いていると、ザッシュは開口一番叫ぶ。 

 

「はぁ~! スッキリしたなぁ~! 疲れまで吹き飛んじまったぜ~! 万能風呂だなこりゃ!」


 それに便乗するように、隣を歩くレインが言う。


「だから言ったでしょ。アルトが凄いんだって」


 レインも満足げに髪の毛を揺らしていた。

 アルトがザッシュへ軽く微笑んだ。


「気に入ってもらえたなら、嬉しいです」


 少しだけ俺のことを眺めて、ザッシュが言う。


「正直疑ってたぜ。ようこんなアイデアが思いつくもんだ」


 そう褒められると、少し恥ずかしい。

 ザッシュは歩きながら、呟くように言う。

 

「……アルト、悪かったな。急に襲ったりして……いつもだったらちゃんと確認してたんだが、苛立っていたんだ」

「いえ、気にしてませんから。猛毒花ラトルスの針だって、実は解毒薬を持ってるんですよね?」


 ザッシュは目を丸くして、乾いた笑い声をあげる。


「なんだよ、気付いてたのか。そうだよ、あんな危険なもの、解毒薬も持たずに持ち歩くはずねえだろ」


 猛毒花ラトルスは確かに人を殺す毒で、最も毒の回りが早く相手の動きを止めることができる。

 当ててしまえば最強の脅しになる。


「あれは脅しだ。俺は武器商人だが、人殺しはしねえ」

「……なるほど」


 確かに合理的ではある。

 武器商人なんて命懸けの商売だ。それくらいやって当然だろう。


「平和に暮らしてえなぁ……田舎町の一軒家でも買って、農業とかやるのも楽しそうだ」

「やらないんですか?」

「ハハハ! お前さん、苦労してないだろ。働くってのはそんな簡単じゃないんだぜ? 天才様よ」

「多少なら、その気持ちは分かります」


 ザッシュが不思議そうな顔で俺を見る。


「アルト! 帰って来たのか!」

 

 廊下の向こう側からウルクが走ってくる。

 何やら汗を掻いていて、焦っているようだ。


「ウルク? そんなに焦ってどうしたの?」

「どうしたも何もない! メイドたちが血塗れの人を見たと騒いでいたぞ!」

「ごめん、それ俺たちだ。魔物の返り血が酷かったから、お風呂を先に済ませたんだ」

「なんだ……そうだったのか。てっきりアルトが大怪我を負ったのかと不安に思ったんだぞ!」

「ちゃんと報告すれば良かったね……心配かけてごめん」

「良いんだ……怪我がなかったのなら、私は構わない」


 アルトが軽く微笑む。

 ウルクも安堵した表情をする。


 そんな様子を、ザッシュがポカーンと口を開いて見ていた。

 ザッシュが思う。

 

(な、なんだコイツら……デキてるのか?)


 ザッシュがレインに小声で耳打ちする。


「なぁ……コイツら恋人同士か?」

「ううん、違うよ。二人とも、ただの『恋愛ポンコツ』だよ」

「あぁ……なるほどな……」

 

 妙に納得したザッシュが声を掛ける。


「おい、イチャイチャしている暇ねえだろ」

「イチャっ……! 誰もイチャイチャなどしていない! なんだお前は……どこから入ってきた」


 レインが横から紹介してくれる。


「ザッシュだよ。【地下迷宮】で出会ってアルトに、猛毒花ラトルスの針で攻撃したよ」


 レインが隠すことなく、真実を告げてしまう。

 ウルクが声を張り上げる。


「なっ! 猛毒花ラトルスだと!? お前、アルトを殺そうとしたのか!?」


 ザッシュが後頭部を掻きながら言う。


「……反省してるよ。もうしない」

「ウルク、本人もこう言ってることだしさ」


 ウルクが俺のことを見ながら、ため息を漏らした。


「アルト、お前は優しすぎるぞ。ちょっとは怒れ」

「全員怪我なく帰って来れたから、俺はそれだけで十分だよ」

「……まったく」


 「それより……」と俺は言葉を進めた。

 

「【地下迷宮】で見つけたことがある。ウルク、みんなを集めてくれ」


 俺の真剣な顔つきに、ウルクが首を縦に振った。

 

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