【世界最強の執事】ブラック職場を追放された俺、氷の令嬢に拾われる ~生活魔法を駆使して無双していたら、幸せな暮らしが始まりました~

昼行燈

1.追放と出会い

【大事なお知らせ】

 となりのヤングジャンプ様でコミックスが連載中です!

 漫画オンリーかつ、展開も大幅な変更。小説版とコミック版で違いを大変楽しめる作りになっております!




 


「アルト!! お茶を頂戴!!」

「ご用意いたしました」

「やっぱり気が変わった。紅茶にして!」

「……はい」


「アルト? お腹が空いたのだけれど、王都に行って最近有名なカステラを買ってきて」

「王都までは三日ほどかかりますが、よろしいでしょうか」

「駄目、一日で帰って来て」

「……畏まり、ました。ウェンティお嬢様」


 ルーベド家に拾われた俺はこの家に育ててくれた恩を返すために頑張っていた。


 *


 そんな生活を、数年もしていたある日。

 俺はウェンティの父親に呼び出され、執務室に居た。


「アルト、貴様を我がルーベド家から追放する。娘の面倒も見れぬ無能は、早く出ていくがいい」


 ゲッソリと頬がコケていた俺に、冷酷に突き付けられた言葉が圧し掛かる。

 赤子から育ち、執事になるため育てられた俺は十五歳を境に追放を言い渡された。

 

「お、お待ちを……っ! ご当主様、確かに私は先日、ウェンティお嬢様のお世話ができませんでした! ですが、これまでルーベド家に尽くして参りました! どうか、ご再考を願えませんか……?」


 昨日、俺は倒れた。

 

 それもそのはずだ。我儘なウェンティお嬢様の面倒を見ながら、これまでアルトはすべての家事をこなしていた。

 他から見ると過労死ラインを超えた長時間労働によって、いつ気を失ってもおかしくはない。

 しかも最低賃金なんてものは存在しない。専属だから残業代が出ないし、最低保証の衣食住のみだ。


 休日日数はもっと酷い。最後に休んだのはいつだ……? 半年前? 一年前? あれ……? 休んだ日って結局メイドたちが仕事できなくて、仕事していた記憶がある……。

 

 ほとんどの人は仕事に付いてこれず、メイドたちはみんな辞めていった。新人が入っても役に立たないから、結局俺一人だ。


 ……考えるのはやめよう。


 ────仕事をしなければ。


 その結果、パワハラは悪化していった。

 子どもの頃のウェンティお嬢様は我儘ではなかった。


 もう少しお淑やかだったし、可愛げもあった。


 今ではふんぞり返り、俺に無理難題な命令を下してくる。


「ご再考……? 貴様の根性がないから倒れたのではないのかっ⁉」


 またこれだ……。

 俺が何か失敗するたびに、根性がない。やる気がない。

 

 出来ないのなら出て行け。


 それが悪化した結果が────今だ。


「申し訳ありませんでした。今後はこのようなことがないように……」

「もう要らぬ。王都から優秀な執事を手配した。赤子の頃から面倒を見てやっていたから情があったが、もう愛想が尽きた」

「え……?」


 信じられない。

 俺以外の執事……? しかも王都だなんて……。


「意外か? 馬鹿者が。アルト、お前よりも優秀な人間はいくらでもいる。代わりもいる。ふぅ……これでウェンティが怒る姿を見なくて済みそうだ」


 俺の仕えるウェンティという少女は性格が最悪だった。

 賞品のエメラルドダイヤが欲しいから剣術大会で優勝してこい。


 やれ肌が若返るお風呂を用意しろ。


 ドラゴンの肉が食べたいから狩ってこい。


 無理難題な願いも叶えて来た。


 もし失敗でもすれば、物を投げつけ怒り狂い、屋敷内は癇癪が響き渡る。


 俺が倒れた時も、なぜ倒れたんだと癇癪を起していた。


「あ、あれはウェンティお嬢様が一方的に!」

「我が娘を愚弄するか!! この痴れ者が!」


 この親にしてこの子あり。

 俺のことを奴隷だと思っているようだ。


 実際、育ててもらったことは恩を感じているし、恩返しのため尽くしてきた。


 命を削って、倒れそうな日々も我慢してきた。

 嫌でも辛くても耐えて来たのに────追放なんて、酷すぎる。


「即刻、このルーベド家からでていけ。無能め」


 何か言い返さなければ、そう思って口を開いたが、何もでて来なかった。

 

 静かに拳を握りしめ、踵を返す。


 目の下はクマができ、酷い睡眠不足だと分かっていながらもフラフラと歩き出す。


 ウェンティお嬢様……何か言う必要もないだろう。

 当主から追放を言われたんだ。


 さっさと出て行こう……。もう、何もかもが疲れた。



 ルーベド家から出た俺は、街の中央噴水に腰かけていた。

 荷物と言っても特にない俺は数日分の食料だけを持って、家を出た。

 これくらいは許されるはずだ。


 今まで給料をもらったこともないんだ。流石にパンを返せー!って怒られないよな。

 

 うう……怖い。

 ……これからどうしよう。


 とりあえず、この町に居てもルーベド家から嫌がらせを受けるかもしれない。

 二つほど離れた街へ向かおう。


 正装ではなく、冒険者のような服を着ているアルトは歩き出した。


 *


 徒歩で二日掛け、睡眠時間を削って歩いていた。

 状況は刻々と悪化していたからだ。


 ようやく到着したフィレン街で俺はとある場所へ向かう。


「とりあえず、冒険者ギルドに行ってみるか……」


 問題とは、金がないということだ。 


 簡単に稼げてお金を手に入れることが先決だ。

 野宿もしていいが、街中では盗賊に襲われそうだし、街の外だと魔物に襲われると大変だ。


 そのせいで休めず歩きっぱなしだったんだ。


 一応、剣は持っているが今は戦いは避けたい。眠すぎて、足元がフラつく……。


 急いで稼がねば。

 生きるために……。


 冒険者ギルドに到着した。


 昔、ドラゴン討伐のために一回だけ冒険者カードを作ったんだっけ。

 それがあれば依頼は受けられるはずだ。

 

「簡単な依頼で、稼げる物だな……多すぎて分からないな。聞くか」


 受付の人に聞くと、

 どれもランクの低い依頼で、すぐにでも稼げそうなのがいくつか見積もってくれた。


「治癒薬草の採取、ゴブリン討伐、それと近所のお掃除や貴族のお洗濯などが依頼としてありますね」

「ありがとうございます」


 軽くお礼を言って、依頼書を眺める。


 薬草採取で50ゴールド。ゴブリン討伐で100ゴールドか。宿に泊まるためには30ゴールド必要だから、薬草採取でも十分だけど……。


「この、イスフィール家の洗濯手伝いってなんでしょうか?」

「あぁ、これは貴族の依頼ですね。この町には王都からご隠居なさっているイスフィール様が居られまして、お孫さんが冒険者で返り血ばかり浴びてくるそうなんです。血生臭い魔物の血は早々にとれませんからね。最低でも一着で一日は掛かりますから、大変なんですよ」


 なるほど……。

 条件を見る。


「一着につき、200ゴールド……結構あるな。即日払いか」


 魔物の返り血なら浴びたことがある。

 確かに洗濯するのは大変で、一回やった時は他の仕事がまったくできなかった。


 こうならないように、俺は睡眠時間を削って研究してとある魔法を作った。


 言わば、洗濯魔法だ!


 俺の場合は、一瞬で魔物の返り血を綺麗に無くすことができた。

 なら、これしかない!


「これにします!」

「は、はい……ところであの、ちょっとお伺いしても?」

「なんですか?」

「目の下のクマが凄くて……あと足元もフラフラしてますけど、大丈夫ですか?」

「アハハ、大丈夫ですよー」

「だ、大丈夫じゃないですよね⁉ な、なんか怖いですよ……」


 心配されるのは慣れっこだから大丈夫って意味だったんだけど。


 さっさと仕事をこなしてこよう。


 そう思って踵を返すと、冒険者ギルドに魔物の返り血を浴びた真っ赤な女性が現れた。顔立ちは……返り血で何も見えない。


 髪の毛も真っ赤だし、周りの冒険者もドン引きしている。受付嬢は慣れた様子で、挨拶を交わして笑顔を貫いていた。


 俺の横を通り抜けて、ぼんっと魔物の素材を置く。


「依頼を報告しにきた。最近出没するカマティスの鎌だ。あとゴブリンも数体殺してきた」

「ありがとうございます……あっウルクさん!」

「なんだ? 依頼は報告したが……まだ他に何かあるのか?」

「いえ、イスフィール家さんのお洗濯をしたいという方がいらっしゃってますよ。後ろの方です」


 俺の方へ振り返り、歩いて寄ってくる。

 血生臭い匂いが鼻腔を擽る。


 しかし、すぐに執事モードに切り替わった。

 

「私はイスフィール家のウルクだ。仕事を受けたと聞いた。案内しよう」

「ご厚意感謝致します。私はお嬢様の専属執事、アルトと申します。執事として恥じぬよう、死力を尽くして汚れを落としましょう」


 ……あっルーベド家は追放されたから、もう執事じゃない。

 ダメだ、なんか……どうしても癖が抜けないな。


 俺はもうルーベド家から理不尽にも追放されたんだ。


 あんな家に縛られることはない。

 

「……フッお前、変な奴だな。まぁ良い、深くは聞かないでおこう」


 周りの冒険者たちからは。


「あ、あの真っ赤な女……イスフィール家って。もしかして氷の令嬢じゃないか? 冒険者だって本当だったんだな……」

「後ろの男、足元フラついてるけど大丈夫なのか⁉ クマも凄いしいつ倒れてもおかしくないだろ⁉」


 

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