16.~ウェンティ視点~


 夜会に参加していたウェンティは、婚約相手のダガールと出会うことになった。

 アルトの作った衣装は貴族たちの強い目を惹き、鼻を鳴らしながら歩く。


 しかし、ウェンティに対する声までは耳に届かなかった。


「ちょっと派手過ぎじゃないか……? いや、十分凄いが」

「ドレスはとても素晴らしいが、王女殿下がおられるというのに、目立ちたがり屋な令嬢だな……恥を知らないのか」


 それも賞賛の声だと思ったのか、ウェンティは誇らしくなる。


(凄いでしょ。アルトの作ったこのドレスは)


 ルーベド家当主である父の元へ行き、話しかける。


「パパ! どこですの? 私の婚約相手は」

「えっ! あ……あぁ! こっちだよウェンティ」


(ふふっ私に相応しい美男よね)


 父に案内され、ウェンティは目的の人物を見てしまう。


「はぐっ! んぐっ!」

「え……?」

「彼がダガール。お前の婚約相手だよ」


 パーティー料理を必死に頬張り、醜悪な体つきでブクブクと太った人だった。

 ダガールの周囲だけは気まずい空気を漂わせ、流石のウェンティも数歩下がる。


「どこに行くんだ? ウェンティ」

「ま、待ってパパ!! あれが婚約相手……? 冗談よね? こんな醜悪な人間と結婚させるなんて、嘘よね……⁉」


 大声で叫ぶウェンティに対し、強烈な平手打ちが響いた。


「ダガールくんに対してなんて無礼なことを言うのだ!! お前が生涯尽くす夫だぞ!」


(初めて……殴られた……こんなこと、一度もなかったのに)


 焦った様子の父に、ウェンティもなんとなく察しがつき始める。


「まさか……何か、やらかしたのですか?」

「くっ……!! そんなはずないだろ! さぁ、早くきちんと挨拶しなさい」


 真っ赤な嘘であることは、表情からも読み取れた。 

 何か大きな失敗をしたんだ、と悟るには時間は掛からない。

 

 ウェンティはその場から逃げ出すため、駆け出していた。


「ウェンティ!」


(嫌だ嫌だ! あんな気持ち悪い男と結婚して犯されるくらいなら、死んだ方がマシよ!)


 算段があったと言うのではなく、後先を考えない感情に任せた逃走。

 貴族たちにぶつかりながら走ると、自然とスカートを踏んで転んでしまう。


「痛っ……!!」


 足に擦り傷ができる。

 アルトに作ってもらったドレスに穴が開いた。

 魔物の素材を使ったドレスを直せる職人は、ドラッド王国でも片手で数えられるくらいしかいない。


 アルトに我儘を言って作らせたものだ。


 癇癪を起したウェンティが叫ぶ。


「あんたら邪魔よ!!」

 

(私はこのパーティーで最も、一番美しい令嬢なのよ⁉)


 貴族たちは誰もウェンティを見ていない。

 なぜなら、視線の先に最も美しい女性が居たからだ。


 銀髪を輝かせた美少女が、利発そうな青年にエスコートされている光景に誰もが目を奪われていた。


「……アル、ト?」


 自身が追い求めていた存在がそこに居た。

 貴族たちから、自分に向けられるはずだった賞賛の声が聞こえてくる。


 見たことない女性と一緒に歩いて、王女殿下に抱き着かれた。

 

「……なんで? なんでアルトが、あんなに好かれて……私はこんな目に遭ってるの?」


 地面を這って、周りの貴族たちから相手にすらされない。

 私が……? とつぶやく。


 ふつふつと怒りが湧いて、


「アルト……絶対に私の元に帰って来させるんだから……っ!!」


 と立ち上がった。


 アルトの後を追いかけて、叫んだ。


「アルト!!」

「え?」


 これでやっと、元の生活に戻れる!


「見つけたわよ……アルト……ッ!!」

 

 着実に、何かが崩れていく音がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る