15.王女レア
「あっ……」
赤を基調とした髪に、煌びやかな薄青のドレスが印象的な美少女が居た。
ウルクも彼女を見て足が止まった。
「……あなたは」
そういうウルクの隣で、俺は彼女に見覚えがあった。
さらに彼女は俺に向かって走って────抱き着いてきた。
「アルト様ぁぁぁっ!」
「うぇ!?」
素っ頓狂な声が漏れる。
周りの貴族たちからの視線が熱い。
「あ、アルト……
貴族でも何でもない俺が、なぜ彼女に抱き着かれているんだろうか。
流石に恥ずかしくて、必死に引き剥がす。
「ちょっ! 離してください! んぐっ! まったく、なにやっているんですか!? ……レア
「あなたに逢えたことが嬉しくて、つい抱き着いてしまいました! また会えてよかった!」
溌剌とした表情で、元気いっぱいに微笑まれる。
悪い気はしないけど、貴族たちが奇怪な視線を向けていた。
それもそのはずだ。公の場で、王族の王女であるドラッド・レアが俺に飛びついてきたんだ。
ウルクは呆気にとられて立っていた。
「な、なぁアルト……? なぜ、レア王女殿下と知り合いなんだ……?」
「あぁ……ちょっと長い話になるけど、良い?」
「いやんっ……ダメですよ、ここで立ち話は。こんなところで会えるとは思って居なくて……もっと可愛いドレスを着てくるんでした。さっ! こっちです!」
俺の手を引いて、パーティー会場の奥へ連れて行かれる。
ウルクは納得がいかない様子で、頬を少し膨らませていた。
まさか、会えるとは予想もしていなかった人物に少しだけ嬉しくなる。
元気にしていたみたいで、良かった。
レアが座る席まで行き、貴族たちの視線を感じながら、俺はウルクに説明することになった。
「……で、説明してくれるんだろうな。アルト」
あれ、なんか少し怒ってない?
……気のせいだよな。
「実は数年前、王都に向かう道中でレア王女殿下を救ったことがあるんだ。魔物に馬車が襲われていて、助けて街まで護衛したんだ」
あの時は確か、王都のスイーツが食べたいから日帰りで買ってきなさいって言う命令だったっけ。
王都までの往復は最低でも三日かかると言うのに……しかも、レア王女殿下を救ったから遅刻して酷く怒られたな……。
今思えば、なんで俺は受け入れていたんだろう。明らかに理不尽だ。
俺はちゃんと頑張ったし。
「あの時のアルト様は本当に格好良かった……。今でも鮮明に覚えております。救って頂いたこの命、恩を返す時を待っておりました」
「いえいえ! あれは偶然でしたから……」
「私がお礼を込めてお送りした、金塊の山はどうでしたか? 足りませんでしたか?」
「え? 金塊の山……?」
そんな話は初めて聞いた。
お礼の五枚ほど書かれていた手紙はビックリしたけど……金塊は初耳だ。
「……知らない、のですか? あれは私が所持する鉱山から掘り出したもの。アルト様が一生豪遊できるように、と思って送ったのですが……」
「レア王女殿下よ。ちょ、ちょっと待ってください。アルトに金塊の山を……? しかも、一生豪遊できるとは……?」
「あら、ウルクお嬢様。ほほ、わたくし、アルト様に国家予算並みの金塊をプレゼントしましたの」
わざとらしく、非常に嫌みったらしく言うレアはドヤァ~! と顔を作っている。
嫌味よりも、そんなものをプレゼントしたことにドン引きされていたことに気付いていない。
皇族の価値観で語る豪遊は、侯爵家であるウルクですら想像ができないほどの金額だった。
俺はすぐに立って頭を下げた。
「……すみません! レア王女殿下のご厚意を、気付きませんでした!」
いつだろう。いつ受け取ったんだろう。
記憶を探しても、思い出せない。
ダメだ、分からない。
「……はじめ、て知った、のですか?」
怒られても仕方ない……。
そんな大金を貰っていたなんて知らなかった。
せっかく、俺の為に用意してくれていたのに、お礼の一つも言えずにずっと居たんだ。
「……アルト様。あまりお気になさらさないでください! あと頭も下げないでください。そんなお姿は見たくありません」
レアはぷいっと顔を背け、笑顔になる。
「ごめん……」
「また金塊の山は送れば良いのです。それよりも、ルーベド家は、どうなさったんですか? あの家がアルト様を手放すとは思えませんが……」
理由を聞かれた俺は、あった出来事をすべて話した。
一通り話し終えると、アンティークレースと金箔を使った扇でレアは口元を隠す。
鋭い視線で、俺の前では絶対に見せない一面が伺えた。
「やってくれましたね……お父様に知られないように、と出自を隠したお金は渡すべきじゃなかったですか。恋は盲目と言いますが……私としたことが、失敗するとは」
お父様って国王のことだよな。
さり気なく、隠してお金を渡したって……バレたらヤバいんじゃ……。
「では! アルト様は今フリーなのですね! 良ければ私の屋敷へ来ませんか⁉ もちろん、働かなくて構いません。毎日傍に居て、起きる時も寝る時も、お風呂の時も一緒に居てくだされば!」
それは四六時中じゃないか……? と思ったが黙る。
咄嗟にウルクが口を挟んで、俺の腕を掴んだ。
「だ、ダメだ! 今アルトは私の家で預かっているんです! たとえ王女殿下とも言えど、そんな我儘は通りません」
「あら……あらあら? アルト様を幸せにできるのは私だけなのですよ? 私の命を救った白馬の……永遠の
「……私にだって、アルトは必要だ」
少しばかり空気が悪くなってきた所で、きちんとレアに説明する。
「すみません王女殿下。俺はウルクのところでお世話になっているんです。良い人たちばかりで、少しでも恩返しがしたいと思っています」
「アルト……」
ちゃんと誠意をもって伝えれば、レアは分かってくれる。
そのことを、俺は理解していた。
「アルト様がそういうのなら────という訳がないでしょう! 今度こそ私は諦めませんからね!」
俺がルーベド家に居た時も、レアはこうして引き抜こうとしていた。
でも、やはり尽くしている家がある以上は受けられない。受けた恩はしっかりと返すことが、俺の主義だから。
「何があっても、アルトは引き渡さないぞ」
アハハ……と乾いた笑い声しかでなかった。
俺なんかが、みんなに必要とされていることが嬉しかった。
そうして、事件は起こった。
「アルト!!」
「え?」
名前を叫ばれ、そちらを振り返る。
「見つけたわよ……アルト……ッ!!」
黒髪に、アルトが作った豪華絢爛なドレス。
浮いた空気の中で、彼女はいた。
「ウェン、ティ……お嬢様……」
ルーベド・ウェンティ。その本人が居た。
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