14.魅了
ガタガタ……と馬車に俺とウルクは揺られていた。
目の前には冒険者、屋敷に居る時とは全く違う雰囲気のウルクだ。
ドレス衣装はとても似合っていて、髪の毛を着飾り団子状にしている。化粧もしているため、月明かりに照らされるとどこぞの妖精……いや女神と言われても信じるだろう。
ウルクはため息を漏らして、丸窓の外を眺めていた。
今回の夜会は王都で開かれ、公爵家からの招待状が送られている。
公爵からの招待状を断れる貴族がいる筈もなく、ウルク以外のイスフィール家は多忙の身のため、こうして代わりに向かっていた。
「……アルト、貴族とは厄介なものだな。私は冒険者の方が向いている気がする。剣を握っている方が落ち着くんだ」
行きたくない場所へ向かうと、気持ちは酷く落ち込む。
でも家のためにも、行かなければならない。
ウルクは本当に貴族というのが嫌いなんだ。
「剣を握ってるウルクも確かにカッコいいけど、俺はドレスを着るウルクも良いと思うよ」
「……似合ってるだろうか? 嘘じゃない? がさつな私が、こんな綺麗なドレスは変だろ?」
「綺麗だよ、女神かと思った」
少しでも不安を和らげるため、励ましてあげるとフッと笑みがこぼれた。
「アルトは言葉が上手だな……嘘でも嬉しいよ」
本当のことを言っていたのだが……まぁ、ちょっとは気が紛れたら良かった。
屋敷を出てから、ウルクはずっと暗い表情をしていた。
気を張り直し、身構える。
「今日は俺がウルクを守る日だから、しっかり頼ってくれ!」
「アルト……あぁ、頼りにしている」
ここでふと、嫌なことが脳裏をよぎる。
あれ、待った。
ドラッド王国の貴族が集まるってことは……ルーベド家も来るんじゃないか⁉
ってことは……下手をすればウェンティに会う……?
守ると言った手前、遭遇したらどうなるか分からず、ちょっとばかり怖くなった。
(大丈夫……だろ。今の俺なら、きっと大丈夫)
***
ざわざわと喧騒が聞こえてくる。
夜会パーティー会場へ到着すると、既に多くの貴族が集まっていた。
貴族たちのどよめきに、ウルクの手が震える。
「おい……あの馬車、イスフィール様か? 今日は多忙と聞いたが」
「イスフィール家……? あぁ! 少し変わった貴族で有名な」
「なんでも、賄賂や黒い噂を一つも聞かない清廉潔白な侯爵様ですわ。でも、貴族嫌いな令嬢が居るそうで……」
「美男美女の家系で羨ましい」
「ドラッド王国で最も国王から信頼の厚い家系じゃ……」
そこで俺は、ようやく気付いた。
ウルクは貴族嫌いなのもあるけど、注目されることが苦手なんだ。
こんなみんなに見られた中で、堂々としている方が難しい。
興味の目や誰かと比較されイスフィールという名が重圧なんだ。
(きっと口調が丁寧じゃないのも、自分を守るための殻なんだ)
手を繋いで、笑顔を向けた。
「行こう、ウルク」
「でも、私は……」
「大丈夫。全部俺が何とかするから」
ウルクを安心させてやりたい。
俺はポケットから水の入ったスプレー付きの小瓶を取り出す。
「【洗濯(ウォッシュ)】【付与魔法(エンチャント)】バラの香りを……こうして」
精錬した水をシュッと吹く。銀髪に艶を出して、花の匂いを付与した。
嫌なことがあっても、シャワーを浴びれば落ち着いたりする。それと同じ効果を簡易的だが【洗濯(ウォッシュ)】は持っている。
「え……? 香水……? でもこれは……なんだかそれだけじゃないような……不安が無くなった?」
「これで貴族たちはきっと黙るよ。さ、行こう」
馬車が開くと、貴族たちがこちらを見ていた。
先に俺が降りて、足元を確認した後に手を伸ばす。
「イスフィール・ウルク嬢。僭越ながらこのアルト、エスコートさせていただいてもよろしいですか?」
「……アルト。あぁ、お願いする」
その姿を貴族たちの前に見せた。
艶のある銀髪が輝いて、洗練された顔立ちとシンプルな装飾品で自然体と思わせる。
「……なっ」
「妖精みたい……」
「あの男も凄く良いな」
貴族たちが静まり返る。
あまりにも美しく、それを支えている執事のような男が幻想的な光景をさらに彩らせた。
完璧なまでに仕上げられたような動き。
アルトが只物ではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
さして顔が良いわけではない。
ただ動きだけで、そう思わせるだけの実力がある。
アルトとウルクは誰にも目線を送ることなく、パーティー会場を歩いて行く。貴族たちは声を掛けようにも、その光景に目を奪われて魅入ってしまう。
「あれ? なんだか、凄く良い香り……」
実は【付与魔法】バラの香りに魅惑の効果があることを、アルトは知らなかった。
(ウルクもこれなら緊張しない……あれ? なんかちょっと恥ずかしがってるな。やっぱりまだ緊張してるのかな)
自分が守ると言った以上、安心させるために耳元で、
「俺がいるから大丈夫だよ」
と言うと
「ひゃ、はい……っ」
頭から湯気を出して照れていた。
(な、なぜだ……ッ⁉ なんでこんなにアルトがイケメンに見えるんだ⁉)
バラの香りで、魅惑効果を直撃しているウルクはパーティーどころではなかった。アルトのことを意識しすぎて頭がいっぱいで、平然としてはいられない。
少しすると、向こう側から人影が向かってきていた。
周りに居る貴族たちとはまた雰囲気が違う。
格別、良い衣装を着た女性がいた。
「……あっ」
お互いに目が合うと、女性はそう声を漏らした。
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