5.大黒鳥


 その日、俺とウルクは街の外へやってきていた。 

 いくつかの罠を仕掛け、様子を伺う。

 

「本当に狩るのか? 相手はBランクだが……」

「大丈夫、前にも狩ったことがあるから」

「一体、アルトは何者なんだ……私ですら一度もないのに」

 

 俺たちが狩りに来たのは大黒鳥(クロオバード)という魔物だ。

 名前の通り、黒い大きな鳥で、剛羽で晴れた日にしか出てこない。


「大黒鳥(クロオバード)はモスという猪系統の魔物を好んで食べるから、これを餌として置いておく」

「あ、あぁ……それくらいは知っているが、罠とかはないのか? 空に逃げられたら、私でさえ手出しができない」

「そこも問題はないんだ。大黒鳥(クロオバード)は獲物に噛みつくと絶対に離さない性質があるから、地面と餌を固定させておけば、空に逃げることはない」

「な、なるほど……」


 この魔物を狩る上で大事なのは羽だ。

 硬くしなやかに動く羽は、冒険者の間で加工され優秀な防具として使われている。


 そのため、討伐する際はかなり厄介な魔物だった。


(攻撃すれば、羽で防いでくるからな……)


「ベッドの素材にあの羽を使うとは……大黒鳥(クロオバード)の羽なんて、堅くて使い物にならないだろう……いや、アルトを信じよう」


 ウルクがつぶやく。予測通り大黒鳥(クロオバード)が現れた。

 大人二人分くらいはあるであろう巨躯に、鋭いクチバシが特徴的だ。

 

 作戦通り、木の上からウルクが飛び掛かって大黒鳥(クロオバード)の唯一の弱点、首元を狙う。

 咄嗟に体を捻った大黒鳥(クロオバード)が翼を開く。


「ビショッ⁉」

「……ッ!! すまない! 直前に羽で防がれた!」


 大黒鳥(クロオバード)は翼を羽ばたかせ、酸袋からウルクを攻撃しようとする。

 あれは濃厚な酸で、下手に喰らえば腕が溶けるほどだ。


 ウルクに攻撃はさせない────。


 向かい合う二人に、俺は背後からナイフを投擲する。


「【付与魔法エンチャント】即麻痺」


 大黒鳥(クロオバード)の頸にナイフが刺さる。


 そのまま駆け出した。


 鋭い痛みに反応し、大黒鳥(クロオバード)がこちらへ振り返った。


「危ないぞアルト!! そんな近寄ってはっ!!」


 剣の柄に手を置き、タイミングを見計らう。


 撃つはずだった酸を俺へ向ける。


 低姿勢を保ったまま、息を整える。

 

「ふぅ────……ッ!!」


 放たれた酸を的確に躱す。


「消えたッ⁉」


 しかし、大黒鳥(クロオバード)は俺のことを捉えていた。


 居合────


 技を放つと同時に、大黒鳥(クロオバード)が翼を開こうとするも麻痺で動きが止まる。

 

 その隙を逃すことなく、頸を斬り落とした。


「ウルク、大丈夫?」


 剣から血を振り落とす。地面に綺麗な血痕が広がった。


「あ、あぁ……な、なんだ今のは!! 剣筋が全く見えなかった……」

「俺なんて大したことないよ。剣に血だってついてるし。もっと凄い人とかは剣に返り血が付かないらしいしさ」

「それは英雄級だと思うんだが……」

「本当は魔法が使えたらもっと楽だったんだけどね……【付与魔法(エンチャント)】しか使えなかった。魔力枯渇で倒れたら大変だから」

「【付与魔法(エンチャント)】を使ったのか⁉」

「え……そっちの方が楽になるかなって……」


 肩を落として、ウルクの銀髪が乱れた。

 魔物の討伐はこれくらいやらないと、危険だ。


 冒険者はみんな使えるものだと思っていたけど、ウルクの反応を見る限りそうでもないらしい。


 これくらいは大したことじゃないと思うが……。

 イメージすれば魔法は使えると聞いているし、全種類の初級魔法なら勉強した。


「ここに居るのが私だけで良かったな……洗濯(ウォッシュ)と言い、王国で使える人間が限られている【付与魔法(エンチャント)】まで使えるなんて……剣も相当な実力だ。バレたら、静かな生活なんかできないぞ……」

「し、静かな生活ができない……」


 つまり、前の屋敷に居たみたいに毎日地獄のような日々ということか!?

 嫌だ。それだけは嫌だ!


 俺の反応でウルクが苦笑し、頭を撫でてくれた。


「安心しろ、何があっても私が守ってやる。辛い思いはもうさせないさ」


 同い年の女性に宥められ、恥ずかしくなる。

 

「さ、さぁ! この魔物を解体しよう!」

「そ、そうだな……! うん。私もらしくない真似をしたかもしれないな……」

 

(わ、私は何を言っているんだ……私が守ってやるなんて……)


 ウルクは気づいていないが、無意識にこう感じていた。アルトは守ってやらなければ、簡単に死んでしまいそうだと。

 

 だからこそ、守ってやるという発言が出たのだ。


「よ、よし! 解体は私に任せてくれ! いつもやっていることだから、簡単に────」


 ウルクが解体ナイフを入れると、そこから魔物の血が噴き出て来た。


 髪と服が真っ赤に染まる。


「……ウルク、もしかして返り血を良く浴びるのって」

「実は解体が苦手だとは、誰にも言わないでくれ……」


 誰も知らない真実を、俺は知った。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る