6.ベッド
屋敷の裏庭。洗濯ものがある場所だ。
「で、では皆さん……よろしくお願いいたします」
パチパチパチパチ。
なぜかレーモン、ウルク、執事長テット。数十名のメイドたちに拍手が送られる。
(なんでこんな人が集まっているんだ……てか! 屋敷全員いるのか!? ……注目されるのは得意じゃないんだよなぁ……)
大黒鳥(クロオバード)の肉は屋敷に提供した。他のクチバシや鉤爪は冒険者ギルドへ売り、その報酬をウルクは全額くれた。本人曰く、何もしていないからだそうだ。そんなことはないと言ったのだが、聞いてはくれなかった。
羽は一枚ずつ分けて、目の前に山盛りになっている。
「まずは大黒鳥(クロオバード)の羽を【洗濯(ウォッシュ)】していきます」
この前見せた通りのことをやると、質問が飛んで来る。
「アルト様、失礼ですがその工程では、羽の汚れが落ちるだけなのでは?」
「えぇ、その通りです。大黒鳥(クロオバード)は名前の通り羽が黒いですが、実は生まれた頃の羽は真っ白なんですよ」
「真っ白……? そんな話は聞いたことが……」
「昔、大黒鳥(クロオバード)の卵が食べたいと言われましてね……それで巣を見つけたことがあるんです」
「な、なんとまた無茶ぶりな……そんなご主人がいるんですね」
「えぇ、もちろん卵は在ったのですが……赤ちゃんも居ましてね。心が痛んで無理でしたよ、ハハ」
その言葉にメイドたちが潤んだ瞳を見せる。
「アルトさんって優しいのね……」
「辛い話を笑顔で……明るい方よね……」
俺の耳には届かず、口を動かしながら作業を続けた。
「大黒鳥(クロオバード)は真っ白な羽から黒くなる。その理由が気になって調べたら、どうやら汚れで黒くなるらしいんです。汚れた分だけ羽が堅くなるという性質だったみたいです」
「汚れ……? ほう、そんな話は聞いたことがないの」
「大黒鳥(クロオバード)は晴れの日にしか出てきません。それは羽が濡れると汚れが落ちるからなんですよ」
「ほう! なるほど……っ!! そういうことだったのか……!!」
レーモンが驚嘆していた。
他の人物たちも挙ってうなずき、興味深そうに話を聞いてくれる。
「防具にする際は光沢を保つために漆を塗りますよね。それで強度が維持されていますけど……こうして洗うと、ほら、真っ白になるんです」
「「「おぉ……ッ!!」」」
美しいほど白い羽に、みなが声を漏らした。
「さ、触ってもいいですかな?」
「ええ、どうぞ」
「……これはっ!! 柔らかく触り心地も良い……っ! 大黒鳥(クロオバード)の羽がこんな風になるだなんて……っ」
「わ、儂も良いか!」
困り顔で「どうぞ」と答えると、みんなが触りたいと言い出した。
「確かにベッドに使えば王都の最高級……いや、これはそれ以上の代物……凄いですね」
一度掴んだら離さなくなってしまったため、不満が溜まる前に急いで残りの羽も洗うと、ウルクが違和感に気付く。
「……待て、なんだかミントの香りがしないか?」
「確かにするの」
「あっ眠る時に心地が良くなるよう、羽毛たちに染みこませてありますからね」
視線が一気に集まる。
えっ……【洗濯(ウォッシュ)】する時に一緒に匂いを【付与魔法(エンチャント)】しただけだが……ダメだったのかな。
付与魔法については話してはいけないと言われたから黙っていた。
「……アルト様、これをレーモン様のベッドに使うのですか?」
「えぇ……まぁそうですが……」
「「「……」」」
お互いに顔を見せ合い、さっと戻してくる。
ウルクが先陣を切って言う。
「アルト、私のも作ってくれないか?」
「アルト様、わたくし、ぜひともお願いしたいことがあります」
メイドたちも便乗してくる。
「わ、私もです!!」
「アルトさん!! お金はいくらでも出しますから……っ!!」
詰め寄られ、困っているとレーモンがみんなを抑えた。
「待て待て、儂が一番最初じゃ」
レーモンが睨まれる。
ビクッとしながら、苦笑したかと思えば表情が明るくなる。
「大黒鳥(クロオバード)を何体も討伐なんて、アルトの労力が尋常ではない……そうじゃ。これから冒険者ギルドに依頼を出して、大黒鳥(クロオバード)の羽を納品してくれるよう頼んでみる。それでアルトに作ってもらうというのはどうだ?」
「名案ですね、おじい様。それなら負担も減って良いかと」
俺の方へ振り向き。
「アルトくん、君に依頼を出したいのだ。もちろん報酬……王都のベッドよりも良い物だからなぁ……うむ、一個一万ゴールドでどうじゃ?」
「い、一万⁉ 一個でですか⁉」
一万ゴールドなんて、相当な大金だ。
「君と使用人の分も含めて四十万くらいかの」
ここに居る使用人だけでも四十万ゴールド……高給の鉱山採掘の人が、数年は何もせずに暮らせて行けるほどの大金だ。
「それくらいの価値はある! 儂の人を見る目は間違えない。才能ある者にはしっかりとそれ相応の物を与えるのは当然だ!」
俺の心がぼっと熱くなる。
こんなこと、と思っていたことが評価されている。
「アルト、君は自分のことを過小評価しすぎだ。君は十分に凄いんだ」
「……ウルク」
「どうか私たちの力になってくれないか?」
必要とされている。
俺のことを『無能』と呼ぶ人はここにはいない。
「分かりました! 何個でも作りましょう!」
*
夕方になるころにベッドは完成した。それから、夕食を済ませ
レーモンのベッドを部屋に運んだ。
ベッドは羽毛敷きパットにし、腰の負担を減らす設計にした。
「ほほぉ……どれどれ、儂は長いことまともに寝れていないが……」
ベッドに入り込んでいく。
「おほっ! これ凄い……沈んでいくようじゃ……香りもよく、眠れるのぉ……おほっ」
「おじい様……ちょっとその声は……」
「レーモン様……そのお歳で情けない声は……」
「やめい! ……てか、うるさいわ! 眠れぬだろうが!」
俺たちは退出し、ドアのすき間から覗き込むとレーモンは一瞬にして眠りについていた。
その光景に、テットがつぶやく。
「これは世間に知られると大変ですね……」
思わず聞き返す。
「そうなんですか?」
「洗濯もそうでしたが、あなたがやってきた努力は尋常な物ではない……あなたの才能を利用しようとする悪い輩もでて来るでしょう」
そんなに凄いことだという自覚はなかった。
自分の身の振り方は気を付けた方がよいのかもしれない。
「でも、レーモンさんがちゃんと眠れてよかったです!」
「アルト様……」
心優しいアルトの言葉に、テットが涙ぐむ。
「大丈夫だ、テット。アルトは私が守る」
「ウルク様まで……ふふっでは、私はこれで」
テットが執務に戻ると、二人っきりとなった俺とウルク。
言葉が見つからず、俺も部屋に戻ろうとした。
「お、俺も部屋に戻るから……」
「待って」
裾を掴まれる。
「アルト、夜に部屋へ来てくれないか? 大事なことがあるから」
「えっ……」
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