7.部屋に誘われて


 あれから呼び出されて寝室に行くと、寝間着姿のウルクが居た。

 冒険者の時とは違い、普段は見えないであろう胸の膨らみも強調されている。


 おっぱいがでかい、なんてことは口にできない。


「し、失礼しますっ!」


 思わず堅くなる。

 

 ウルクはベッドに腰かけ、自身の隣をポンポンと叩き、


「ここに座ってくれ」


 そう誘ってきた。

 俺は従って隣に小さく座ると、心地の良い石鹸の香りがする。風呂上りなのだろう。

 

 美しい銀髪が輝いて見えた。


 太ももに柔らかい手が乗る。


「なんだ、緊張しているのか?」

「い、いや……」


 間違いなく緊張している。

 夜の寝室に連れ込まれ、ベッドに男女二人だ。


 ウルクの表情も少し赤らめているように見えた。


「……アルト、良いか?」

「な、何が?」


 質問の意図が分からず、聞き返す。

 やや緊張した面持ちで、ウルクが言う。


「君は、どこから来たんだ?」


 質問の意図をそこで理解する。

 

 そういえば、俺の名前しかウルクには教えていない。

 どういう環境であったかを話したことはなかった。


「……も、もちろん辛かったら話さなくて良い。ただ……今日の戦いとベッドで確信した。お前は凄まじい才能を持っている。だから、知りたいんだ。君という人物を」

 

 どう話すべきか悩んだ。

 自分の素性を全て話して、ウルクに帰れと言われないだろうか。


 それは甘えだと言われないだろうか。


 ────根性が足りていない。


 そう言われるのが怖かった。


「……アルト、安心してくれ。私たちは君の味方だ。何を話しても、否定はしない」

「ウルク……うん、ありがとう」


 そこまで言われて、ようやく話す決心ができた。

 信用されているから、こうして招かれて、二人っきりで話す機会を作ってくれた。


 話してみよう。

 

「俺、実はルーベド家っていう貴族に赤ちゃんの頃拾われてさ……使用人が欲しかったらしくて、色々と勉強を受けながら育ったんだ。だから、ある程度の礼儀作法があって、本もたくさん読んだんだ」


 そのことは感謝していた。拾ってくれたこと、育ててくれたこと、恩返しのために必死に頑張ったことも間違いなかった。



 そして、これまであったこと。ルーベド家の出来事を全て話した。

 ウルクはひたすら相槌を打ってくれて、時々顔を恐くしていた。


 全て話すと、アルトが抱きしめられた。


「……そうか、ずっと休みもなく、我儘な女の下で地獄のような日々を送っていたのか……」

「えっと……ウルク? いきなり抱きしめられると……なんというか」

「気にするな。私がこうしてやりたいと思っただけだ」


 胸を押し付けられ、緊張度がマックスになる。

 辛い思いをしたことで、嫌な記憶を思い出したのは間違いない。


 でも、こうして宥められると別の感情が湧き上がる。


「辛かったのなら、素直にそう言え。アルト、お前は自分で全て背負い込んでしまう。責任感が強くて真面目すぎるんだ」

「……で、でも、それしか知らないから……」

「ここでは自由に暮らしていい。みんながお前の力に頼っている……だから、今は休め」

「や、休めって……」


 胸を押し付けられてるんですけど⁉

 この状態で寝るのか⁉

 

 銀髪の髪が頬を擽る。


「私にいくらでも甘えろ。お前がしたいことがあれば、遠慮せずに言え。辛い思いはもうさせないさ」


 魔法を披露し、みんなが俺を必要としてくれている。

 ウルクはひたすらに、優しい女性だと思った。


 そこに甘えて、罪悪感が出てしまうのも、俺の性格だと。


 俺の全てをウルクは受け入れると言った。

 少しだけ、泣いてしまった。


 

 泣き疲れ、寝てしまったアルトをウルクは静かに撫でる。


「アルト? ……フフッ、寝てしまったか」

  

 アルトの泣き腫らした顔にウルクも泣きそうになる。


「辛い人生だったんだな……なのに、おじい様がぐっすり寝れた時、他人のために喜んだ。とてもじゃないが、普通はできないんだぞ……? お前がどれだけ優しい人間か、私には分かる」


 ウルクにも、人の本質を見通す力があった。

 洗濯(ウォッシュ)を見た時に確信した。


 彼は誰かのために魔法を開発したんだ。自分のためじゃない。


 それがどれだけ高尚なことか、分かっていないんだ。


「君はどこか抜けている。もっと自分を大切にしてくれ」


 聖母のような面持ちのウルクは静かに胸の中に怒りを溜めていた。


(アルトをこんな風にしたルーベド家……っ! ルーベド・ウェンティ………名は覚えたぞ……)

 

 侯爵家であるウルクにとって、男爵貴族であるルーベド家を潰すのは容易なことであった。


 

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