4.客室
イスフィール家の客室。
俺は朝、白銀の美少女によって起こされていた。
「アルト、おはよう」
「お、おはようございます……」
あの後、お昼に誘われた俺は好意に甘え、気付いたら眠りについていたようだ。起きた頃にはもう朝だった。
連日で魔法を使いすぎたかもしれない。
そもそも、倒れた理由は魔法の酷使による魔力枯渇だ。
完全に回復していない状態で使ったんだ。いつ倒れてもおかしくはなかった。
「アルト、体調はどうだ?」
「だいぶ良くなりました」
そう言うと、ウルクが俺の頬に手を伸ばした。
「嘘を付くな。目の下のクマが取れていないぞ。無茶しすぎだ」
頬をつねられる。
心なしか、全く痛くない。
ウルクがクスッと笑う。
「まず、報酬の3000ゴールドだ。それとこれから継続的に頼むから契約もしたいと考えている。そういえば両親とかはいるのか?」
「いません。あと家もありません……」
「そうか、それはちょうどよかった」
ちょうどよかった?
どういうことか悩んでいると、部屋に昨日の執事長が入ってくる。
「お目覚めですか、アルト様」
「あ、アルト様はやめてください……」
どこかむずがゆい。
それに同業者だからか、違和感も凄くあった。
「彼はテットだ。私は、アルトを客人として扱うことに決めたんだ」
「客人、ですか? 俺なんかが?」
「あぁ、契約を結んだら、仕事以外は屋敷で自由にしてもらっていて構わない。客人として扱うから、欲しい物があったら何でも言ってくれ」
「え、ええっと……なんでそこまで?」
俺はただ洗濯しかしていない。
これと言って人助けをした覚えはなかった。
ウルクの命を助けた訳じゃあるまいし。
「メイドたちから聞いたぞ。その佇まいに礼儀作法、疲労具合を見るに相当劣悪な環境に居たんだろう。暴力主人が嫌になって辛うじて逃げてきて、偶然この仕事に付いた。きっと戦争孤児の憐れな少年だとな」
大方は合ってるけど少し違うっ!!
戦争孤児は言い過ぎだよ!
ツッコみどころは多くあったが、ウルクは笑みを崩さず手を差し伸べてくる。
「さぁ、朝ごはんを食べに行こう。アルト」
「は、はい……ウルクお嬢様」
「敬語はやめないか? あと、名前も呼んでくれ。同い年だろう?」
「えっと……ウルク、でいいのかな?」
「うん、それでいい」
ウルクの後ろを歩きながらと、執事長のテットに質問をする。
「あの、本当に俺なんかが客人扱いで良いんでしょうか?」
虚を突かれた表情を浮かべ、苦笑する。
優しさと憐れみが込められているように感じた。
「知っておりますかな、ウルクお嬢様は外では”氷の令嬢”と呼ばれていることを」
「い、いいえ……」
そういえば冒険者ギルドでそんなことを聞いたような気がするが、詳しくは知らない。
イスフィールの家名は有名だから聞いたことがあるが。
「貴族は元々、気性が荒く、身勝手な方が多いのです。ウルクお嬢様はそう言った方が本当に嫌いです。ですから、貴族と仲良くなることはなく、平民である我々と同じ目線で物事を語ってくれるお優しい方なのですよ」
だから噂では氷の令嬢と呼ばれているのか。
確かに、ウェンティとその父親はめちゃくちゃ貴族らしかった。
何事も命令すれば言うことを聞くと思っている。
平民を奴隷だと思い、人の気持ちを持っていない。
ウルクの銀色の髪を見ながら、思った。
「外見だけじゃなく、心も綺麗な人なんだなぁ……」
振り返ることなく、ウルクはつぶやいた。「聞こえているぞ……」
少しだけ頬が赤くなっていたが、アルトには見えなかった。
*
食卓に着くと、向かい側に見知らぬ老人が居た。
年齢的に言えば、執事長のテットと同じくらいだろうか。
目の下には、俺と同じようにクマがあった。
「君が客人のアルトか。儂はこの屋敷の主、イスフィール・レーモンじゃ」
「お邪魔しております。アルトと申します」
「よいよい、堅くするな。客人は歓迎するぞ」
ウルクは至って慣れた様子で、食事していた。
老人なのに目の下にクマがあるということは、忙しいのだろうか。
「さしてウルクよ、冒険者の方はどうだ?」
「順調です、おじい様。もう少しでAランクにも上がれそうです」
「ハッハッハ! そうか、もう剣を振るうことも終わりか」
「……私は、このまま冒険者を続けたいと考えております」
貴族のお嬢様と言えば、どこぞの貴族と結婚し、生涯を終えるのが性だ。
「……儂は構わないが、お前の父がどうかだろうなぁ」
「きっと賛成してくださるかと、それよりもおじい様。目の下のクマが酷くなってますが」
「うむ……最近寝付きが悪くてのぉ。歳のせいかもしれぬな」
ウルク、執事長、メイドたちまでもが真剣に心配している素振りだった。
「やっぱり、医者に診てもらった方が」
「無駄じゃよ。医者に見せても原因不明だと言われた……王都のベッドが懐かしいのぉ」
ベッドという単語に、思わず反応した。
「王都のベッドと、ここにあるベッドは違うんですか?」
「王都のベッドは最高級の品質に香り付きじゃ。あれが寝付きやすくてな……でも、ここから王都まではかなり離れていて、持ち運びは容易ではない」
「作れますよ、王都のベッド」
視線が一気に集まる。
ウルクまでもがその手を止め、口を開けたまま見つめて来た。
「アルト様……失礼ですが、レーモン様の前で嘘はよろしくありません。王都のベッドは何十年も修行をしたベッド職人にしか作れない代物。しかも、一年で一個しか作れないのですぞ。到底不可能でございます」
「あっそうですよね。本物は無理かもしれませんが、近い物ならできます。前に無茶ぶりで作れと言われたので作ったことがあるんですよ。最初は上手く行かなくて殴られましたね、ハハ」
(((可哀想……)))
憐みの視線を向けられ、そんな無茶を強いる主がいるのか……と全員が驚愕していたが、アルトは気づいていなかった。
「ほ、本当に出来るのかの?」
「はい。できます」
「た、頼んでもいいのか⁉ も、もちろん失敗しても怒らんぞ!」
「お願いでしたら、喜んで!」
しばらくお世話になるんだったら、それくらいはしないと。
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