26.討伐戦
陽動作戦が開始され、暗黒バッタの大群が押し寄せる。
作戦通り暗黒バッタが三つの罠に向かって飛んでいく。
レーモンが大きな声を出した。
「来たぞっ!! 餌に掛からなかった奴は倒せ!」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
ぺタス、テットの方にも同様に暗黒バッタが来る。
作戦は順調だ。
「……任せたぞ、アルトよ」
女王バッタに、これが罠であることが悟られれば逃げられる可能性があった。
すべてはアルトの討伐速度にかかっている。
*
俺たちは少人数で女王バッタの近くまで接近していた。近くの林から様子を窺う。
「ここまで気付かれずに来ることができたな。アルト、この後どうするんだ?」
ウルクに聞かれ、よく観察する。
周囲の暗黒バッタは少ない。
分散されている効果だろう。
これなら、強行突破して接近戦を仕掛けることができる。
「たぶん、魔法を撃っても暗黒バッタを壁にして防がれる。だから剣で倒そうと思ってるんだ」
「……分かった。露払いは任せてくれ」
「男性を立てるのも立派な女の務め、ですものね」
小さく微笑んで見せる。
二人が居てくれると心強い。
それ以外のメンバーにも、周りの暗黒バッタの注意を引き付けるように指示を飛ばす。
「じゃあ、行こう!」
俺たちは静かに駆け出して、女王バッタの背後を襲った。
だが、一匹の暗黒バッタに気付かれ女王バッタがこちらを振り向いた。
俺とウルク、レアは暗黒バッタを研究して見慣れているから、女王バッタを見ても怯むことはない。
でもそれ以外のメンバーは、大きな女王バッタを見て小さな悲鳴を上げた。
「ひっ────!!」
「大丈夫! 話した通り、女王バッタは俺が倒すから!!」
そう言って落ち着かせ、前を見る。
女王バッタは俺のことを覚えているのか、危機感を抱いたようで暗黒バッタの群れを飛ばしてきた。
「アルトの邪魔は、させない!」
ウルクが前に出て、剣を振り下ろした。暗黒バッタが地面に落ちていく。
道が開いた!
「あーっ!! わたくしが道を切り開こうと思ってましたのに!」
女王バッタまで一直線の道筋が見える。
「ありがとうウルク!!」
姿勢を低くして、足を踏み込んだ。
剣の柄に手を伸ばす。
鋭く睨み、
「はぁ────」
低く唸るように息を吐く。
まだ遠い。
【疾駆】を使い、さらに加速した。
女王バッタと目が合う。
きちんと俺のことを捉えていた。それでも動こうとはしていない。
(……動かないのなら、チャンス!!)
暗黒バッタも周りには居ない。
支配域に入った瞬間、俺は迷わず技を放った。
「居合」
しかし、剣は空を切った。
「アルト様の剣を躱した……⁉ ど、どこに行ったのですか⁉」
(……上か!)
女王バッタは俺の剣を見切り、上空へ高く飛んで躱していた。
これまで戦ってきた魔物。大黒鳥、ジャイアント・ベアとは格が違う。
「逃がすか!」
咄嗟に【疾駆】で地面を蹴る。
空中で身動きの取れない女王バッタに、容赦ない一撃を浴びせる。
取った……⁉
「────ッ!!」
その刹那、眼前に影が走った。
無意識に身体を捻って剣で身を守る。
あまりに重い衝撃に刀身が震えていた。
そのまま地面に叩き落され、受け身を取る。
「なるほど……」
女王バッタは地面に着地し、うねうねと尻尾を出していた。
どうやら、尻尾を隠していたらしい。
バッタに尻尾って……いや、魔物に常識は通じないか。
硬くて速い。しかもしなやかに動くと来た。
(討伐するのは容易じゃなさそうだ……このまま距離を保って戦っても消耗戦だ。懐に入らないと意味がない)
アルトは懐からナイフを取り出す。
「【付与魔法(エンチャント)】即麻痺」
投擲する。
同時に駆けだして、隙を作りに行った。
ナイフを尻尾で弾いた女王バッタに、剣を振り下ろす。
だが防がれる。
「……二本は聞いてないんだけど!!」
一本だった尻尾が二本に増える。
(どんだけ隠してるんだ!)
また距離を保ったら、今度はもっと近寄るのが難しくなる。
そう考えたアルトは尻尾の攻撃を受け流しながら、攻める。
一歩も下がらず、一撃を入れるべく連撃を繰り出すアルト。
頬に尻尾が掠り、血が見えた。
*
アルトを心配するウルクとレアが、その光景を見た時に呟いた。
凄まじい威圧に、女王バッタの一撃が死を連想させる。
「目で……追えない……だと? 速すぎる……あれじゃあ、おじい様よりも……」
「アルト様……強い……」
次元が違う。
ウルクは魔物の強さをよく理解しているからこそ、女王バッタの討伐難易度の高さを察していた。
アルトの居合を躱して、渡り合っている。アルトが相当な実力者であることを知っているウルクからすれば、敵の強さは……。
「あれは、Sランク級の魔物だ。一人で討伐なんて……」
Sランク級は、ドラッド王国の歴史上でも存在が確認されたのは数十体のみ。
下手をすれば、一匹で王国を滅ぼしかねないほどの魔物であった。
「Sランク級ですか⁉ そ、そんなのとアルトを一人で戦わせるわけには……!!」
向かおうとするレアの腕を掴む。
「ダメだ! 私たちは、アルトを信じよう……」
「ですけど……!!」
ウルクは拳を握りしめた。
「助けに入ったところで、アルトの邪魔になるだけだ……っ!」
何もできない自分が情けない。ウルクは心の奥底からそう思った。
今は信じるしかなかった。
何としてもここで女王バッタを討伐しなければならない。
アルトもそれが分かっているから、一歩も下がらず戦っている。
「……アルト、頼む」
悔しい気持ちを我慢しながら、剣を握り直す。
*
「居合」
また防がれた! 斬り落とそうにも硬い!
一本で防ぎ、もう一本で攻撃してくる。
厄介すぎる。
もう一歩、あと一歩足りない。
決定打が足りない。
隙があれば、尻尾を俺に叩き込んで来る。
剣と尻尾がぶつかり、風圧ができた。
「クソ……」
仕方ない。
あまり負担が掛かるから使いたくなかったんだけど……。
「【付与魔法(エンチャント)】身体強化」
身体能力を向上させ、剣を構える。
筋力を限界まであげる。
「────居合」
一閃で二本の尾を切り落とし、後方へに飛ぼうとする女王バッタに、アルトの居合が届く。
その場は静寂に包まれ、砂埃が舞っていた。
土煙が霧散し、
「はぁ……」
と息を吐いて、動かなくなった女王バッタに目をやった。
(……身体強化の反動が来るまで、あと数分か)
この反動があるから、この魔法を使いたくなかった。
心配そうな視線に気づき、ウルクたちに軽く微笑んだ。
「終わったよ」
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