27.報酬


 女王バッタを討伐した俺たちが野営地に戻ると、まだ暗黒バッタが残っていた。

 数はある程度減って来たらしいが、それでも数万匹は居たんだ。まだ時間は掛かると思う。


 フレイに討伐したことを教えると、各現場にいるレーモン、ぺタス、テットを呼び戻してくれると言っていた。

 戻ってきたら呼ぶと言っていたし、それまでゆっくりしよう。


 みんなが戻ってくるまでの間、テントのある場所を借りて休憩する。


 レアは汗を掻いたから、と言って着替えに行っていた。そりゃ、あんな鎧着ていたら汗も掻くだろう。

 腰を下ろすと、


「アルト……大丈夫なのか?」


 心配そうな声でウルクが話しかけてくる。

 

「うん? うん……まぁ、大丈夫。女王バッタ、ちょっと強かったな」


 実際、今まで戦ってきた魔物とは一線を画していると思う。


「……無理、していないか?」

「平気。ただ、久々に身体強化したから……」

「……その魔法を使ってから、アルトの元気がない気がするんだ。その魔法は一体なんなんだ?」


 ウルクに問われ、隠す必要もないと思って説明する。


 【付与魔法(エンチャント)】身体強化を使うと、肉体の筋力を倍増させるが、使用後に酷い倦怠感や身体機能の低下が起こる。

 つまり、体力の前借りだ。命を削って戦うことに近い。


 ウェンティの執事だった頃は気にせず使っていた。でも、使い過ぎで身体が耐えられず、長時間持たなくなってしまった。


「お陰で今じゃ、ちょっと使うだけでこれだよ……時間が経てば治るから────」


 えっ?


 ウルクは、そっと俺のことを抱きしめた。

 

「なんでそんなに、平気な顔ができるんだ……これまで酷い扱いを受けて……前を向いて歩き続けることは誰にもできることじゃない。お前は凄い……でも、私はそこが怖い」

「う、ウルク……?」

「いきなりアルトが壊れるんじゃないか、そう思ってしまうんだ」


 俺を抱きしめる力が強くなり、豊満な身体を押し付けてくる。


「私はお前を守ると言った。でも、私はただ見ていることしかできなかった」

 

 ウルクの手が震えているのが分かった。

 あぁ……そっか。きっと、悔しかったんだ。

 

 自分よりも圧倒的に強い魔物を前に、傍観することしかできず、無理をした俺を見て無力感に襲われた。


 ウルクに心配された時、俺は大丈夫と答えた。

 違う。そう答えるべきじゃなかった。


(無茶していると思われても、仕方ないよな)


「俺、頑張ったから……偉いかな?」


 みんなのために戦った。

 これだけは間違いない。


「あぁ、お前は偉い……よく頑張った」


 少しだけ弱さを見せたら、気分が軽くなった。

 ウルクは優しいな。

 本当に、拾われたのがウルクで良かった。

 

 その時、テントの外から声がする。


「おや……あなたはウルクの兄……フレイでしたか?」

「これはレア王女、名前を憶えて頂いていたとは……アルトはテントの中ですか? 皆が集まったので呼びに来たんですよ」

「あっもう皆さんが集まったのですね」


 レアとフレイがテントに入る。

 俺は声で誰か察していたが、身体が思うように動かず、最悪な事態を回避することができなかった。


「「「あっ」」」


 ウルク以外が声を漏らした。

 ヤバい……早くウルクを引き剥がさないといけないのに、こんな時に身体強化の反動で体が動かしづらい!


 二人から見れば、ウルクと俺が抱き合っているように見えるだろう。


「……おいおいアルトぉ? 誰もいないテントでうちの可愛い妹を連れ込んで、何しようとしているんだい?」

「ちょ、ちょっと待った! これはそういうのではなくて……」

「アルト様? フフ」


 フレイも怖いが笑顔だけのレアも怖い。

 ウルクが二人に気付いたらしく、顔を紅潮させて必死に止めに入ってくれた。

 

「ち、違うんだこれは……! そうだ! みんなを待たせているだろ⁉ さぁ行くぞ! フレイ兄上! レア!」 

「まだ話は終わってないんだけど?」

「わたくしもです!」


 無理やり連れて行った。

 お陰でこのことは保留となり、集まっているみんなの元へ向かった。





 集合場所に行き、席に座る。

 討伐したことの詳細を話すと、ぺタスが声を荒げた。


「じょ、女王バッタがSランク級だと⁉」


 それ以外にもレーモン、テットまでもが目を見張っていた。


 俺は全く分からなかったのだが、ウルクとレアから見た女王バッタは、間違いなくSランク級であったという。


 そこらへんの事情は詳しくないから黙っていると、ウルクが代わりに説明してくれた。


「アルトはBランクの魔物であれば瞬殺できる。Aランク相当の魔物でも、苦戦することなく倒せると断言できる」

「そうじゃな……アルトの実力は儂も知っとる。そのアルトが苦戦したと考えると……Sランクも頷ける」

「じゃ、じゃあ……今まで暗黒バッタの大群による被害は、Sランクの魔物による災害だったってことか……?」


 重い空気が場を包んだ。

 そして、みんなが俺を見た。

 

「な、なんでしょう……」

「アルトよ……たった一人で討伐したのか。儂の全盛期ですら無理だぞ……」

「尋常じゃねえな……」

「アルト様、我々は昔冒険者をやっておりましたが、Sランクの魔物を討伐するにはレーモン様並みの方が十人は必要なのでございます」


 そ、そんな凄いことだったのか⁉

 確かにちょっと強いなとは思ったけど……。


「だが、アルトがこの街を救った。それは紛れもない事実じゃ……心の奥底から感謝するぞ、アルトよ」

「……はい!」


 この街を救った。

 それだけで、俺の疲れは吹き飛ぶような気がした。


「俺からもお礼を言わせてくれ……アルト、本当に助かった……っ!!」

「ぺタスさん……みなさんの力になれたのなら、よかったです!」

「アルトは気づいてないかもしれないが、今回のことで救われた命がたくさんある! アルトが救ったことだけは、忘れないでくれ……」


 たくさんの命……それがどれだけ尊いものか、俺には想像もつかない。

 でも、頑張って良かったと思える。


「アルト、しばらく休め。ウルク、分かっておるな、くれぐれもアルトに無茶をさせるでないぞ」


 ウルクが頷いていた。

 アハハ……なんでそんな心配されてるんだろう。


 とりあえず、レーモンさんの言葉に甘えて、少しだけゆっくりしよう。


 その後、今回の事が王都に伝わり、暗黒バッタの対策と今後は女王バッタの討伐は最優先事項となった。


 暗黒バッタの対策を確立したアルトの功績を称えられ、その名が一気に知れ渡る。


 こうしてアルトは国王陛下から爵位を授けられることとなった。

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