48.Sランク冒険者


「うぇぇぇっ⁉ 禁止の魔法⁉」


 【探知サーチ】と魔法を唱えたレインに、ミルが驚いた顔をする。

 あわあわと口を動かし、今起こっている現状に酷く狼狽していた。


「……その魔法は」


 ウルクもレインに対し警戒心を強めていた。

 俺たちの反応を意に止めず、レインは静かに魔力を展開していた。


「……アルトって、魔力量、かなり多い。底知れないね」

「【探知サーチ】はそこまで分かるですか?」

「うん。相手の魔力量、敵意、数、全部分かるよ」


 敵意まで分かってしまうのか。便利だな。

 やっぱり使わなくても学んでおくべきだったかな、と思うもレインが言う。


「でも、弱点がある。魔物、魔力に敏感。【探知サーチ】は簡単に────バレる」


 そう言うと、森林に雄叫びが響いた。


「グガァァァッ!!」

「今度はなんなんですか~⁉」


 ミルが半泣きになり、ウルクの足にしがみついていた。


「強いの来るよ。黒鬼人ダークオーガかな」


 レインは淡々と、特に驚いた様子もなく杖を構え直した。

 

「ま、待て! 私も戦う!」

「ダメ。君弱い」


 レインに止められるも、ウルクは拳を握り直して前に出た。


「……そんなこと、知っている! だからと言って、アルトの隣に立たない理由にはならないんだ!」

「……守ってあげないよ?」

「アルトの隣で死ねるのなら、本望だ」


 ウルクの言葉が嬉しくて、微笑む。


(その言葉だけで十分だ。ウルクに危険な真似はさせたくない)


 Aランクである黒鬼人ダークオーガならば、特に苦戦することなく倒せるとは思う。


 だが、前に戦ったAランクの魔物、黒狼マルコシアスは特殊な炎を吐いてきた。

 油断はできない。


 剣を手に取る。

 鞘から抜いて、剣を構えた。


 地面が激しく揺れ、木々を薙ぎ倒し黒鬼人ダークオーガが目前に飛び出してくる。


 アルトより何倍もある巨躯に、一振りで木々を折る怪力。凄まじい威圧感があった。

 Bランクの冒険者では相手にならないというのも納得がいった。


「ひゃぁぁぁっ!!」


 ミルが心臓が飛び出るくらい叫び声をあげた。

 すると、アルトが体勢を低くし、地面を蹴る。

 

 黒鬼人ダークオーガがアルトを見る。


 剣が当たる瞬間、黒鬼人ダークオーガが背後へ大きく飛び退いた。


(速い……っ! 俺の動きにもついてくる)


 黒鬼人ダークオーガが鋭くアルトを睨み、折った木を掴む。

 そのまま、俺へ投擲した。


「投げるのかよっ!」


 アルトは咄嗟に【疾駆】で横へ逸れる。

 後ろに行かれないよう、うまく自分へ誘導していた。


 *


「アルト、凄いね。周りに気を遣いながら、戦ってる。私要らないね。本当に強いよ、アルト」

「……でも、あれではまた【付与魔法】を使うことになる」

「【付与魔法】を……? え? あれでまだ本気じゃないの? ……信じられない」

「【付与魔法】身体強化だ。アルトは滅尽の樹魔エクス・ウッズもそれで倒したんだ」

滅尽の樹魔エクス・ウッズを倒した……? うん……? あれ一人で倒す魔物じゃないよ?」

「アルトは全部ひとりでやろうとするんだ。何でもかんでも一人で背負って……」


 ウルクは自身の足手まといを恨んでいた。

 

(何が一緒に戦うだ。結局、アルトが私を危険に晒さないように戦ってくれている……私なんか、何も役に立てない……)


「……【付与魔法】身体強化か。なかなか強引な使い方だけど、面白い。見てみたいかも」

「そんなことを言わずに戦ってくれ! お前なら、戦えるだろ?」


 懇願するような言い方に、レインが溜め息を漏らす。

 杖を持って前に進む。


 しかし、レインの表情はやけに楽しそうだった。


「仕方ない。雨水の魔法使いとして、Sランク冒険者なりの活躍してあげる」


 *

 

 アルトは飛んでくる木を回避しながら、【疾駆】で距離を縮めていく。


 投擲された木を眼前まで引きつけ、黒鬼人ダークオーガの視界から外れる。

 その刹那を狙い、至近距離まで近寄った。


「はぁ────ッ!!」


 鋭く睨み、

 

「居合」


 剣を抜く。


 頸を狙った太刀を黒鬼人ダークオーガは両腕で防いだ。


 アルトは剣を力を込める。


(このまま腕も両断する!)

 

 しかし、そこで拮抗する。


(凄い腕力だ!! 特殊能力がない代わりに、筋力がずば抜けて高いのか⁉)


 アルトは奥歯を噛み締める。

 すると、レインの声がした。

 

水槍スイ・アイシクル


 黒鬼人ダークオーガの腕に水の槍が突き刺さる。


「グガッ!!」


 血潮がアルトの頬に落ちる。

 黒鬼人ダークオーガがわずかによろめき、一気に抵抗力が薄れた。


 アルトは剣を振りかざし、頸を両断した。


 剣に付いた血を振り落とす。

 鞘にしまうと、レインが声を掛けてきた。

 

「……お疲れ。アルトは強いね」

「助かりました。【付与魔法】を使おうと思ってたので……にしても、随分とエグい魔法ですね。水の槍を出すなんて」

「あのくらいは序の口。私は、攻撃特化の魔法使いだから」

「そ、そうなんですね……」

「私が雨水の魔法使いって言われるのは、雨の日の私は……正真正銘の世界最強だから」


 俺は思わず息を呑んだ。

 

(この人、冗談で言ってるんじゃない。本気だ)


「アルトなら、ある程度は戦えそうだけどね。まだ力とか隠してそうだし」

「俺なんてまだまだですよ」


 実際、俺は剣術で強い人たちばかりと戦ってきた。剣でなら負けない自信はある。

 だが、魔法での戦いは……。


 少し俺は悩んでいた。


 魔法を使うSランクの魔物が居たら、勝つことができるのだろうか。


 魔法は生活のためにあるもの。

 俺の信条は崩したくない。


「アルト……」

「ウルク、怪我なかった?」

「あ、あぁ……」


 よかった。

 ウルクが怪我でもしたら、イスフィール家のみんなに申し訳が立たない。


「アルトさん凄いですね!! 黒鬼人ダークオーガの頸を、こうスパッと両断しちゃって……っ! 恰好良かったです! しかも一人で戦って……、動きとか速くて見えませんでした!!」


 ミルが俺の傍に駆け寄って大袈裟に言ってくれる。

 ミルの顔を見て、俺は思い出した。


「あ、ありがとう……あっ! レインさん、【探知サーチ】でベアックさんのこと見つけられました……?」

「それっぽいのは、あった」

「本当ですか⁉」

「ちょっと遠いけど、洞窟に居たね。足を怪我してるっぽい」

 

 俺たちはベアックさんを助けに、その洞窟へ足を進めた。


 道中でレインさんが雨水の魔法使いであり、百年前に起こした【探知サーチ】の事件について聞いた。


 本人曰く、姉に『森に甘いお菓子のなる木がある』と言われてそれを鵜吞みにし、【探知サーチ】で探していたら、魔物を全て倒してしまったとのことだった。

 

 そして無事、ベアックさんは生きていた。


 

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