49.雨水の魔法使い

 

 無事にベアックを助けた日、イスフィール家にレインを連れて帰った。

 どうやら泊まる宿を決めていなかったらしく、せっかくならとウルクが誘ったからだ。


 レインは「久々に野宿じゃない」と僅かに喜んでいた。

 屋敷の客室に案内すると、レインは真っ先にベッドに飛び込み、布団の上で飛び跳ねる。


「ふかふか……っ!! 気持ち良い……」

「気に入ってもらえて良かったです」

「これ、アルトが作ったの?」

「はい。大黒鳥の羽を材料にしてます」


 そう言うと、レインは目を大きくして驚いていた。


「これ、一個欲しい。ううん、アルトが欲しい。私の弟子にならない? そうすれば料理、ベッド、全部付いて来る」

「すみません……今はイスフィール家の方が好きなんです」

「むー……私は弟子、なかなか取らないよ?」


 レインは多少我儘な所があるが、子どもっぽい外見と素直な性格が可愛らしく思える。

 だから、ついつい甘やかしたくなったり、我儘を聞いてあげたくもなるけど……ここは譲れない。

 

「イスフィール家のみんなに恩返しが終わったら、考えますね」


 俺はもらってばかりで、みんなに何かしてあげられていない。

 いつか恩返しがしたいと思う。


「アルトは良い奴すぎるね。怖いくらいだ」

「ありがとうございます」


 俺が軽く微笑むと、レインはベッドに大の字で寝てつぶやく。


「人って、本当に早いよね。居なくなるのも、世代が変わるのも」

「……悲しいですか?」

「うん。話したことも、思い出も、覚えてるのは私だけ。みんな居なくなっちゃう。夢の中で、みんなに会える。だから、寝るの好き」

 

 レインが弟子を取らない。そう言っていた理由がなんとなくわかった。

 自分が傷つくことが嫌なんだ。


 弟子が自分よりも早く死ぬと分かっているから、情が深くなればなるほど悲しいから。

 

 少し、レインが可哀想に思えた。


「……ダークエルフは、昔は差別されてた。呪われたエルフだ、魔族の使いだ。それが本当に信じられた」


 ラクスさんも、ダークエルフってだけで差別されたと前に言っていた。

 今もそんなことを気にするのは、神経質な貴族やただの言い掛かりだと誰もが知っている。


「世界が、気付いたら変わっていた。驚きだよね、私の知ってる世界はもうない。全部過去のもの。記録だけが、言葉として残っている……寂しいね。私の居場所はもうないんだ」


 レインは顔を背け、目尻に涙を貯めていた。


「……良いじゃないですか、それで」

「……良くない。悲しいよ?」

「自分が居た証がある。それだけで、人って報われると思うんです」


 俺はレインに、正直な気持ちをぶつけるしかないと思った。


「レインさんが生きた証こそ、好きな人たちが生きた証なんです。悲しまず、胸を張ってください」


 レインは俺を見て、何かを言おうとするも微笑む。

 

「……そういう考え方は、できなかった。ありがとう、アルト」


 レインは俯いて、目尻に溜まった涙を拭いた。

 そして前を向いて、


「……明日のご飯なに?」


 と聞いた。


 *


 次の日、俺はレインと一緒に孤児院に足を運んでいた。

 昔と比べて変わった街並みに、「おぉ」と感嘆の声を漏らす。


 孤児院に入ると、真っ先に叫び声を聞いた。

 フラベリックが騒いでいて、その相手はウェンティだった。


「平民が3ゴールドで、貴族が5ゴールドですと⁉ そんな値段で孤児院が成立すると思っているのですか!!」

「はぁ? 儲けるためにお風呂のお店を作る訳じゃないのよ! ここの子どもたちが衣食住に困らないお金があれば十分なの! そのためにアルトが力を貸してくれているのよ!」


 喧嘩する二人に、ラクスが「まぁまぁ」と宥めていた。

 フラベリックは根っからの商人だ。その彼が、商売の知識を提供してくれていることは、非常に助かっている。

 経理や会計などを積極的に受け持ってくれるらしく、孤児院では欠かせない人物になっていた。


 さらには、子どもたちに学問を教えるとまで言い出していた。


「ラクスさんがもっと楽な生活をするために、お金は必要なのですぞ!」

「アルトの気持ちを優先しなさいよ!」


 徐々にヒートアップしていって、ラクスが頭を抱えていた。


「ラクスさん……何かあったんですか?」

「アルトさん! 来ていらしたんですね。その、二人が孤児院の経営方針で揉めていまして……」

 

 二人とも孤児院のためを思って言っているんだ。喧嘩なんかしない方が良い。


「あの、ラクスさんも困ってるから、喧嘩はその辺で……」


 和解に入った俺の方を見て、流石に二人は口喧嘩をやめる。

 それでも、不貞腐れた顔をしていて納得が行かないようだ。


「アルト……この男、ダメよ。お金儲けのことしか考えてない」

「なんですと!? 私は心の底から力になりたいと申しておるのですぞ!」

「そうやって多く稼いだ分は自分の懐に入れるつもりなんでしょ」


(ダメだ……止まらないな、これは)


 裏切り裏切られた者同士の争いだ。

 一緒に仲良くなる方が、難しいだろう。


 信じられないのも無理はない。


「フラベリックさんが? そうなんですか?」

「いえ! アルトさん、私は一銭も懐に入れたいなどとは考えておりません。この素晴らしい孤児院を助けたい、そう思っております」

「そうですか。じゃあ信じます」


 俺は微笑んだ。


「ちょっと! 本当に良いの⁉」

「うん、俺は信じるよ」

「あ、アルト……どうして」

「人は変われる。そう簡単には行かないかもしれないけど、信じてみたいんだ。ウェンティだって変わっただろ?」

「そ、そうかもしれないけど……」

「フラベリックさんは根っから悪い人じゃないと思うんだ」


 一度、俺は騙された。

 それは間違いないけど、反省して同じ過ちを繰り返さなければいい。

 

 やり直すチャンスを与えたい。


 外で遊んでいた子どもたちがやってくる。

 どうやら泥遊びをしていたらしく、服が土で汚れていた。

 

 すっかりお姉さん役に徹していたウェンティが言う。

  

「ちょっと! 泥だらけの服で孤児院の中に入ってきちゃダメでしょ!」

「えー……お腹空いたんだもん。あっ! アルトお兄ちゃんだ~!」


 そう言うと、子どもたちが後ろからでてくる。

 俺はしゃがみ、頭を撫でる。


「外で遊ぶのは楽しかった?」

「うん! アルトお兄ちゃんも遊ぼうよ!」

「ごめん、この後まだ用事があって。また今度」

「むー、じゃあ変な髭のおじさんで遊ぶ!」

「なんですとっ⁉」


 矛先が変わり、泥だらけの姿で子どもたちがフラベリックに飛んでいく。

 フラベリックは顔を歪ませながら、ため息を漏らした。


「仕方ないですな……ほら、こっちで遊ぶのですぞ」

「わーい!」


 子どもたちはフラベリックが好きなようで『変な髭』という愛称で呼ばれていた。


「ウェンティ。少しずつでいいから、人を信じてみない?」

「そんなこと、難しいわよ……」

 

 言われてみれば、ずっとウェンティの傍に居た人は俺だけだった。

 信じられる人間も、俺だけなんだろう。


「俺はウェンティを信じてるからさ」

「なっ────あっそ! アルトがそう言うのなら、分かったわよ! 人のこと、信じてみるわよ……」


 ウェンティはそっぽを向いて、歩いて行ってしまう。 

 

 ようやく喧嘩が収まると、レインが言う。


「やっ! お姉ちゃん」


 小柄なレインが背伸びし、手をあげる。


「レイン……久しぶりですね」

「うん。久しぶり、お姉ちゃんは元気だった?」

「はい。レインこそ……元気でしたか?」 

「……うん、元気だったよ。魔物、いっぱい倒した」

「まだ……やっているのですか」


 俺が聞いた話によると、ラクスとレインの両親は魔物に殺された。


 魔物を根絶やしにする。

 それがレインの旅の目的だった。


 レインはいくら全滅させても、どこからか湧いてくる魔物に次第に疲れを感じていた。


「疲れましたか?」

「うん、ちょっと疲れた」


 だが、次第にそれが人を守るために魔物を狩るようになったらしい。

 全滅させれば、少なくとも村は平和になる。

 

 だから戦い、人を守り続けた。

 その旅をレインは終わりにしたかった。


 ラクスはゆっくりとレインを抱き寄せ、頭を撫でる。


「もう、休んでも良いのですよ」


 その言葉を聞いて、下唇を噛み締めながら泣き始めた。

 両親の仇を取るために旅にでた。


 【雨水の魔法使い】はその旅を終わらせたかった。

 

「……うん、休む」


 太陽の光が差し込む。


 【雨水の魔法使い】は知っている。どんな雨でも、いつかは晴れると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る