50.生息区域
フィレンツェ街にあるイスフィール家の庭園。水路から水を流し、足を浸けていた。そこで俺は陽に当たってのんびりとしていた。
ひんやりとした冷たい水に、程よい陽気が心地いい。
レインも俺の膝元で「ぐぴー」と気持ちよさそうに寝ている。孤児院に居るかと思ったが、ベッドが恋しかったらしくイスフィール家に住み着いていた。
「レーモンさん。レインさんの我儘を許してもらってありがとうございます」
「ほっほっほ! なぜアルトが感謝する。儂にとっては孫ができた気分じゃぞ。まるで二人のな」
俺とウルクを指さす。
さっと頬を赤くして、ウルクは顔を逸らした。
「冗談を言わないでくれ……アルトの前で恥ずかしいだろ」
そこに焼いたクッキーを持ってきたテットが言う。
「レーモン様、あまりウルク様をからかうと嫌われますぞ」
「そうかの? 儂は真面目に言ったのだが」
流石に男爵と侯爵が結婚することはできないだろう。
世間体もあるし、イスフィール家の迷惑になる。
「むっ。クッキーの匂い」
レインは起き上がり、テットの傍による。
「おや……レイン様、起きましたか」
「んっ、一枚ちょうだい」
レインは手を伸ばして、クッキーを要求していた。
「はい。どうぞ」
「はむっ……甘い……おいしい。ありがとう」
「いえ、アルト様が発案した肥糧バッタのお陰で砂糖の供給が安定しましたからね。アルト様のお陰ですよ」
「ん。アルト、ありがとう」
軽く微笑む。
レインを見ると、子どもみたいで可愛い。
「なんじゃろうな……レインを見ていると、小動物を愛でている気分じゃ。うーん、可愛い孫娘じゃな~」
レーモンも同様にそう思ったようで、頭を撫でながら不思議がっていた。
「違う。私は、孫じゃない。ボケてる?」
「ほっほっほ! 可愛いのぉ!」
「でも、もっと撫でて」
ラクスは昔にレインを甘やかしすぎて、数十年も外に出なくなったことがあるのだとか。
(ラクスさんの母性力を考えると、本当にどこまでも甘やかしてそうだ……)
俺の裾を引っ張り、ウルクが言う。
「なぁ、アルト……その、私は強くなりたいと思っているんだ」
「強くなりたい……? えっと……それって」
「現実を思い知ったんだ。女王バッタでも、
……そういえば、最近のウルクはずっと辛そうにしていた。
そうか、このことが原因だったんだ。
ウルクはきっと自分で考えて、塞ぎ込んでしまう。
俺は勝手に勘違いしていた。
ウルクなら気にしないだろう、と。
「頼む。私のことを強くしてくれないか?」
俺がウルクを強くする。
そんなことができるのだろうか。
執事をやっていた時も、人を使うことが苦手だった。全て自分でできてしまうから。
でも、ウルクには……
「……分かった。できることはやってみるよ」
「ありがとう! アルト!」
そのためにも、色々と考えなくちゃいけない。
俺にできることを、すべてウルクにはしてあげたい。
恩返しの意味も込めて。
すると、
「アルト様!!」
声がした方に振り返ると、レア王女が居た。
「レア王女殿下⁉」
「アルト様~! 寂しかったです~!」
俺に飛びつき、頬をスリスリとしてくる。
隣に居たウルクが凍り付き、頬をピクピクとさせていた。
「あら、なんですの? 可愛いお顔が台無しですよ、ウルク」
「レアこそ……何しに来たんだ?」
「もちろん、それはアルト様に会いに来たに決まってます」
「お、俺もレア王女殿下に会えて嬉しいです」
「きゃーっ! アルト様!!」
「ふぎゅっ」
頸を絞められ、苦しくなる。
好かれているのは悪い気はしないし、承知しているが勢いが凄い。
「こらこら、レア王女殿下。今日はそういうのじゃねえだろ」
「マルコスさんまで!」
「よっアルト。久しぶりだな」
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
用件を聞くと、マルコスの顔色が変わる。
あまりいい話ではなさそうだ。
「……その、実は今、行方不明になる冒険者が増えているんだ」
「冒険者が?」
「あぁ、
「……どういうことですか?」
「俺たちも把握しきれていないが、手掛かりが見つかってな」
マルコスは俺に種を手渡した。
「これ、
「そうだ。これが行方不明の冒険者の捜索中に見つかったんだ」
俺も胸元から同じものを取り出した。
そういえば、レインなら何か知っているかもしれないってラクスさんが言っていた。
そちらへ振り向くと、口いっぱいにクッキーを頬張るレインが居た。
「ん……それ、
「なんだ嬢ちゃん、知ってんのか」
「当然、
「なんだ嬢ちゃん、やけに詳しいな。名はなんて言うんだ」
「レイン」
「レイン……? 変わった名だな。伝説の冒険者と同じ名前なんて、偶然だな!」
横からウルクが言う。
「いや、この子が本物の雨水の魔法使いだ」
「……へっ? このちんちくりんが……?」
ムッと表情を変え、レインは杖でマルコスの頭をポコポコと叩く。
「ごほんっ……樹魔は育った環境に左右される魔物。太古の昔、人に愛されて育った樹魔は死ぬまで戦い、魔物から人を守り続けたと言う伝説がある」
(そんなことがあるなんて知らなかった……)
レインの言葉が本当なら、この樹魔の種は育て方次第で人を傷つけず、愛される樹魔になるかもしれないんだ。
思い出しても嫌な感じだ。背筋がゾッとする感触が残っているんだ。
あそこで倒すしかなかった。
あれで終わったと思い込んでいた。
「……待ってください。育った環境で左右される魔物なら、
レアの言葉に、周囲のみんなが視線を向けた。
「な、なんですか……? 変なこと言いましたか?」
そうだ。
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