51.移動


 その日、俺たちは馬車に乗って移動していた。

 目的地はもちろん、ゲリオット街という最初に滅尽の樹魔エクス・ウッズが確認された場所だった。


 馬車の中で俺は、女王バッタ、滅尽の樹魔エクス・ウッズの出現が偶然ではないとすれば、何か原因があると考えていた。


 しかも、どちらとも俺が倒した魔物だ。無責任にも無視することはできない。


 放って置いても、誰も俺を責めはしないと思う。


 だけど、俺が後悔することは分かっていた。

 関わってしまった以上、見逃すことはできない。


 馬車の中にはレア、ウルク、俺の膝元で眠るレインが居た。 

 もう一台の方に、残りのメンバーが乗っている。


 レアは俺と二人っきりを所望したものの、ウルクが反発したことで一緒に乗っている。

 レインは気づいたら俺の膝元で寝ていた。


「ズズー……」


 レインの寝息に、たまに微笑ましくなる。


「そうだ、レア王女殿下。よければ、これを」


 俺は懐から一枚のコインを取り出す。


 できる限り、怪我人は出したくない。

 本当なら、俺一人で向かいたいところだった。


 でも、ウルクやレアが『アルトを一人にすると何をするか分からない』と言って一緒に来てくれた。


(気持ちは嬉しいけど……守れなかったら、俺は後悔する)


「なんですか? これ」

「念話コインです。実は……レーモンさんには作るなって禁止されてたんですけど。どうにも今回は嫌な予感がして……黙って改良しちゃいました」

「あれを改良したのか⁉」

「う、うん……前は屋敷の中くらいしか念話ができなかったけど、今回はその範囲を拡大したんだ。だから、前よりももっと遠くでも念話ができる」

「ハハ……もはや、これじゃあ国宝級だな」


 ウルクが呆れたように言う。


 滅尽の樹魔エクス・ウッズとの戦いの時、俺がこれを持っていれば、マルコスさんに連絡を取ることができたはずだ。


 魔物との戦いは何があるか分からない。

 あとでレインにも渡しておこう。


 俺は人差し指を立てて言う。


「レーモンさんには秘密ですよ。バレたら、怒られちゃいますから」


 二人だけなら問題ないだろう。

 すぐに俺が駆け付けられるようにしておきたいしな。


「ひゃ、ひゃい! もちろんです! これは一生アルト様との思い出にしますね!」


 レアは「初めてのプレゼント……えへ、えへへ」とつぶやく。

 

 そんな空気にウルクが溜め息を漏らした。


「まったく、レア。これはピクニックじゃないんだぞ?」

「分かってます。だからと言って、それとこれとは別でしょう? ねぇ、アルト様?」

「へ? え、えぇ。そうですね」

 

 ウルクから僅かに睨まれる。

 まるで、アルトも気が緩んでいると言いたげだ。


 俺は「あ、アハハ……」と苦笑いで誤魔化すことにした。


 *


 アルトとは別の、もう一台の馬車。

 男性陣が押し込まれ、平均年齢50歳近くの悲しい馬車だった。


「なぜ儂ら年寄りは、こっちの馬車に押し込まれておるのじゃ?」

「レーモン様、それは若くないからでは?」

「テット、お前も若くないじゃろ」

「ごほん、私はレーモン様よりも誕生日が遅いですから」


 レーモンがなんで張り合って来るんだ……という顔をした。

 

 一緒に乗っていたマルコスが言う。

 

「なぁ、あんたらは別に付いてこなくて良かったんじゃねえか? レア王女殿下なら分かるが、お前さんらは関係ないだろ」

「関係ない、か……そうかもしれぬの」

「じゃあなんで……」

「アルトが行くからじゃ」


 そう断言するレーモンに、マルコスの言葉が止まる。


「アルトを放っておけば、勝手に行って勝手に傷ついて帰ってくる。儂はな、滅尽の樹魔エクス・ウッズとの戦いを知らなかったのじゃ」


 レーモンはマルコスを僅かに睨む。


 アルトを滅尽の樹魔エクス・ウッズ討伐に誘った時、レーモンはその場に居なかった。もしその場に居れば、アルトを行かせはしなかっただろう。


 ただし、決してマルコスを責めるようなことはしなかった。

 アルトが決めたことを否定することになるからだ。


「アルトの性格を儂らはよく知っておる。アルトは凄い奴だからの、なんでも一人で出来てしまう」


 隣に居たテットも目を瞑って微笑んでいる。


「アルト様を守る、そう約束しましたからね。ウルクお嬢様はお一人で守るつもりですが……我々イスフィール家で守るのです」


 二人の雰囲気に、マルコスが冷や汗を掻く。

 燃え滾るようなオーラが感じ取れる。


(なんだよこの爺さんら……年老いてる感覚全然ねえじゃねえかよ……)

 

 仮にも元Aランク冒険者。

 マルコスはそのことを知らなかった。


「それ、アルトに直接言えよ。喜ぶぞ、アイツ」

「ほっほっほ! 恥ずかしいから嫌じゃよ」

「んだよそれ……」


 テットが言う。


「我々よりも、ウルクお嬢様です」

「そうじゃな……いつになったら、我が孫は恋心に気付くのやら」

「今はまだ、憧れに近いのかもしれませんね。アルト様のようになりたい、隣に立ちたいという気持ちが強いのでしょう」

「はぁ……難儀な孫じゃな。アルトはそんなこと望んでおらんと思うのじゃがな」

「一体誰に似たのでしょうね」

「ほっほっほ! 言うではないかテットよ!」


 まるで親友のように語り合う主従関係に、マルコスは混乱していた。

 

(本当に侯爵家か? 貴族って、もっと威張り散らかしてる奴だと思ってたんだが……アルトの奴、すげえ奴に守られてるんだな……)


 再び、アルトの凄さを再確認したマルコスであった。

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