36.団長
数日後、
商人や貴族が王都から別の街に移動する際は必ず護衛を付けるというもので、王都内の空気は少しだけ騒ついていた。
フレイ曰く、
それでも、危険な魔物に間違いはないし、発見されたら討伐隊が派遣される予定だ。
イスフィール家の庭でウルクが打ち込み、木剣の音が響く。
「くっ────!!」
「どうだい、お兄ちゃんは強いだろ? ウルク」
今は王都からしばらく出るべきではないと判断した俺は、イスフィール家の本家でお世話になることにした。
貴族になる手続きも、それどころじゃないだろうし。
もちろん、お風呂などを披露してミランダさんや婦人たちに世話になっているお礼はしている。
ついでに孤児院でお店を開く予定もあることは伝えていた。
個人的には、良い宣伝だ。
「あらあら……相変わらず熱心ですね」
遊びに来ていたレア王女殿下がつぶやく。
俺が王都に来た日。次の早朝に飛んでやってきたのだ。
それからはずっと、イスフィール家に居座っている。
「頑張ってる人を見ると応援したくなりますよね。素敵だと思います」
「なるほど、わたくしも剣を握れば……アルト様から素敵と言ってもらえる……?」
別に剣じゃなくても良いと思うけど、何かを始めようとするきっかけになるのは嬉しいと思う。
レアの後ろに立っている筋骨隆々の男が言う。
「レア王女殿下。俺はそろそろ
「分かってます。アルト様が傍に居るのですから、心配はご無用」
「へいへい……俺みたいな人間は要らんですかい」
随分と仲が良いようで、軽口で話していた。
誰だろう……凄い強そうには思えるけど。
「じゃ、頼んだぜ。アルト」
「え……は、はぁ……」
「おっと、そうか。お前さん俺のこと知らねえのか」
鎖帷子の音を鳴らしながら、親指を立てる。
「俺は王国騎士団、団長のマルコス。まぁ、フレイの師匠だな」
「だ、団長ですか⁉」
「おう! ちなみに第四王女レア派だ。レア王女殿下に忠誠を誓ったはいいが……とある男に夢中で国なんか眼中にねえ。困ったもんだぜ」
「マルコス? アルト様の前で余計なことは言わないでください」
「ハッハッハ、こりゃ失敬!」
高笑いする。
気持ちのいい人だなぁ……。
稽古が一息ついたのか、フレイが声を掛ける。
「師匠!! もう行ってしまうのかい?」
「あぁ、フレイも後から来い。学園の生徒も駆り出されるだろうからな」
「分かったけど……その前に一つだけお願いがあるんだけど」
「あぁ……? んだよ」
「アルトくんと戦ってみてくれないかな? 師匠とどっちが強いか気になるんだ」
思わず「えっ」と声が漏れた。
のんびりとウルクの稽古を眺めていただけなんだけど……⁉
マルコスと目が合う。
「……アルト、お前って確か、新たに発見されたSランクの女王バッタを討伐したんだっけな?」
「え、えぇまぁ……」
なんか嫌な予感がした。
「じゃあやるか!」
「決まりだね。アルトくん! ほら木剣!」
フレイから木剣を投げられて、受け取る。
え……俺の意思は⁉
マルコスが場所を移動して手招きしてくる。
「……分かりました」
やる気満々なのに、空気を壊しちゃうのも失礼だよね。
仕方なく、俺も向かい側に立つ。
確か、フレイが言ってた『強い奴にほど挑んでいけ』って教えたのってこの人だよね。
マルコスは血が疼いているのか、二の腕の筋肉が浮き出ている。
「アルト様~! そんな筋肉バカゴリラ、さっさと倒しちゃってください!」
「師匠~! アルトは俺に勝ったことがあるんだ! 普通に強いよ~!」
「……フレイ兄上? アルトに模擬決闘を挑んで引き分けだったと言ってなかったか?」
「あっ」
アルトは息を吐いて、気持ちを引き締める。
模擬戦とはいえやるなら全力だろう、とアルトが木剣を握り直した。
それを見て、マルコスの口角が歪む。
(おいおい、見れば解るぜ……剣を握り直した瞬間に雰囲気が変わった。俺に一切ビビってねえ……)
久々に湧き上がる高揚と同時に、目の前にいるアルトが巨大な壁に思えた。
これまでの人生で乗り越えて来たはずの壁。もうないと思っていた。
それが今、マルコスの前に居るのだ。
「では、開始です」
レアが扇を閉じる音と共に、模擬戦が始まる。
しかし、二人は動かなかった。
マルコスが右手を伸ばした。
「そっちから一発入れて良いぜ。なに、一撃で倒れたりはしねえよ」
余裕な声で誘う。
「えっ? 良いんですか?」
「おう。好きな技をぶち込め」
「じゃあ……」
アルトが一度、木剣を腰に据える。
流れるように柄に手を伸ばし、マルコスを見据えながら腰を低くした。
「あん……? 初めて見るな。そんなんで威力が出る訳……」
「居合」
「────ッ⁉」
アルトによって繰り出された居合を、マルコスは咄嗟に防ぎ、奥歯を噛み締める。
マルコスの身体が悲鳴を上げていた。骨の髄から軋むような一撃に、
(化け物だろコイツ!! 初めて無意識に防いだぞ!!)
フレイの嘘つきめ、と毒づきながら後方に飛ぶ。
「……何が普通に強いよ、だ。ふざけんな……強すぎるわ」
それでも、マルコスは笑みをこぼした。
高い壁だからこそ、超える楽しさがある。
忘れていたはずの血の高ぶりが、アルトによって呼び起こされる。
「その技は懐に入っちまえば打てないんじゃねえか⁉」
今度は、居合を打たせまいと技を放ちながら近寄る。
「龍騎士式(ブレイク)・刺突!」
フレイも使っていた技だ。
しかし、フレイのそれよりも洗練され一閃の光のようにも思える。
アルトは冷静に技を見抜き、【疾駆】で距離を取る。
「見えんのか!! ハッハッハ!! すげえすげえ!」
マルコスは無邪気な子どものように騒ぐ。
「【疾駆】────居合」
アルトの居合がマルコスの首筋に当たる直前で、
「そこまで! ですね」
レアが止める。
風圧が弾け、砂埃が舞った。
「……えっと、良かったでしょうか?」
恐る恐る聞いてみると、マルコスが笑顔で応える。
「最高だなアルト! 決めた、お前
「えぇ⁉」
「お前の力なら死者が出ずに討伐できるかもしれねえ! 頼む! 協力してくれ!」
そう言われて、断れるはずもなかった。
俺が断ったら、誰かが死ぬかもしれない。
マルコスさんは自然と言っただけかもしれないが、俺にはそう聞こえてしまった。
いや、きっとマルコスさんも本当に誰も死なせたくないんだ。
「良いですよ! 協力します!」
「よっしゃ!! 頼むぜアルト!!」
マルコスがアルトの肩を威勢よく叩く。
ウルクはその光景に静かに手を伸ばして固まっていた。
「あっ……」
それ以上、ウルクは声が出せない。
『私も』と言いたかったが、今の自分がアルトに必要とされていないと思ってしまう。
足手まといだ、と。
そんなウルクを、レアが細目で見つめていた。
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