10.イスフィール・フレイ


 イスフィール・フレイは魔法騎士学園に通っているという話をしてくれた。

 その過程でいくつかの試験や資格の勉強が必要らしく、息抜きに王都から別荘であるこちらへやってくるそうだ。


 戦いたい、と言い出すからどんな戦闘狂かと思ったら、普通に明るい人で、目が合うたびに笑っていた。


 横を歩いて閑散とした場所へ向かう。


「通りすがりだけど、レーモンおじいちゃんから話は聞いたよ。なんでも大黒鳥(クロオーバード)を一人で倒せるんだろ?」

「いやいや! あれはウルクも一緒だったから、楽にできたんだ」

「アハハッ! ウルクと同じ歳なら十分凄いよ。それに付与魔法まで使えるなんてね」


 期待に満ちた瞳で俺を尻目にする。

 この人は戦いたいだけなのか、俺の人となりを知ろうとしているのか分からないな……。


 悪い人じゃないってことは分かるんだが……。


「さ、ここら辺で良いだろ」


 開けた場所に出る。

 木剣を受け取り、構えるように言われた。


「魔法は禁止だ。なに、身構えなくていいよ」

「は、はぁ……あの、なんで戦う必要なんかが?」

「魔法の開発に、付与魔法まで。しかも剣まで強いと聞いたら、興味が湧いた。あと、俺が強くなったって自慢したいだろ? この屋敷で今一番話題のアルトくんに勝てば、兄としての威厳がさらに上がるからね」


 ……ウルクに良い所を見せたい、ってことか。

 もしかすれば、妹想いの良い兄なのかもしれない。


 わざと負けてあげたいが……手を抜いているとバレると怒られそうだ。


「それに戦えば大抵のことは剣から伝わる」


 そういうものなのだろうか。


「準備は良い?」

「いつでも」

 

 そういうと、


 ────ッ⁉


 心臓の鼓動が跳ねあがる。咄嗟に身体が動いた。

 木と木がぶつかる音が響く。


 フレイの下段から上段へ放たれた一撃は、非常に重く威圧感が桁外れだった。


 これがイスフィール家の訓練を積んだものの実力。

 ウルクでも相当才能に優れているというのに、フレイはさらに上を行っていた。


 何とか押し返す。


(そこらへんの冒険者なんかじゃ相手にならないんじゃないか⁉)


「へぇ、凄いね。簡単に跳ね返すか……これで大抵のクラスメイトは倒れちゃうんだけどなぁ……」

「急に本気で打ち込んで来るのか……」

「だって、アルトくん強そうなんだもん。実際強かっただろ?」

「ありがとうございます……」


 苦笑いしかでなかった。

 そういうフレイこそ、本当に強い。


 二の腕から浮き出た筋肉が、毎日のたゆまぬ訓練が伺えた。


 飄々とした性格のわりに、努力家なんだろう

  

「どこでその剣を学んだの? 騎士か誰か?」

「独学……」

「……え? 独学? 嘘だろ?」

「本当だから! 身体は日々の労働で鍛えられていたし、剣は練習する時間がなかったから、一つしか技はないし」


 フレイが信じられない、と言った様子で見てくる。

 そりゃ恥ずかしいさ。普通は誰かに習うものだし。


 でも、誰も居なかったから、脳内トレーニングだけを繰り返した。あとは魔物を練習台にしたり。

 

「その身体つきを労働で⁉ 炭鉱夫の方がよっぽど貧弱だよ⁉」


 流石にそれはないのでは……?

 フレイが活気あふれた顔つきになる。


「やっぱり良いね、アルトくんは! 俺も全力で行くよ」


 フレイは姿勢を屈め、剣先を鋭くとらえた。

 

 刺突だろう。

 

 王国騎士団では刺突の技が強いと本で読んだことがある。


「龍騎士式(ブレイク)・刺突」


 予想通りだ!

 俺も剣を構え直す。


 正面から受けても流されて、一本取られる。

 もしくは剣を巻き上げられてしまう。


 力技は通じない。


「……ッ⁉」


 フレイが驚く。アルトが剣を納刀したからだ。


(諦めた……? 確かにこの技は正面から受け止められない。でも、様子がおかしい)


 アルトは静かに息を整える。


「ふぅ────」


 これはアルトが唯一生み出した剣術。

 寸分の狂いもなく、フレイの剣筋を見極める。

 

 そして、アルトの支配域に入った瞬間、剣を抜いた。


「居合────」


「なっ⁉」


 フレイの刺突を薙ぎ払い、巻き上げた。

 その首筋に剣先を向けると、フレイは両手を上げた。


「……参った。ちょっとこれは……意外な結果だったね。まさか負けるなんて……」

「いや、刺突のことを知らなかったら、負けてたよ」

「謙虚だなぁ君は。王国騎士団長の弟子である俺を倒したんだ、もっと誇って良いんだよ」

「え……団長の弟子⁉」

「一応次期団長……これは秘密ね。国王とレーモンおじいちゃんくらいしか知らないから」


 気楽に言ったけど、結構とんでもないことじゃないか!?

 ま、まじか……そんな人に勝ったのか、俺……。


「フレイ様、アルト様。こちらにおられましたか」


 どこからかテットの声がした。


「おぉ! 久しぶりテット! 元気だった?」

「ご心配ありがとうございます。ところで、先ほど戦いの結果をウルク様にお伝えしてもよろしいですかな?」

「見てたのなら言ってよ~……絶対話しちゃダメ。お兄ちゃんである俺が負けたなんて聞いたら、ウルクから失望されるからね」


 テットが小さくうなずくと、俺に詰め寄る。

 

「絶対ウルクには話しちゃダメだからな! お兄ちゃんとしての尊厳が失われてしまうから!」

「な、なら最初から勝負なんて仕掛けなければ良かったんじゃ……」

「強い奴を見るとワクワクするだろ⁉ 先生も強い奴にほど挑んでいけって言ってたからさ! イスフィール家の名に恥じない人間になるために強くなりたいんだ」


 な、なるほど……。

 確かに自分より弱い相手と戦っていても、強くなることはできない。

 

「それにアルトの努力も剣から伝わってきた。君は悪い奴じゃないんだな」


 お気楽に見えて凄く考えている人だ。


 やっぱりウルクもフレイも、みんな真面目で優しい人なんだろうな。


「フレイ様、ご食事のご用意ができましたぞ」

「分かった。アルト、行こう。そろそろウルクも帰ってくる頃だ」

「あ、あぁ……分かった」


 俺たちはその場を後にした。

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