9.兄
昨日のことを思い出して、ボソッとつぶやく。
「……無理、もう目を合わせられない」
ウルクの胸の中で眠ってしまい、気付いたら一緒のベッドで寝ていた俺は恥ずかしくて顔を隠していた。
女性と一緒に眠るということが初めてでしかも相手が大貴族のご令嬢だ。
下手をすれば斬首になってもおかしくないというのに……。
「どうした? アルト、気になることがあるなら言ってくれ、何でも聞くぞ」
ウルクが微笑んでいる。ずっとこの調子だ。
無理、可愛すぎる。
「い、いや……その、自由って何をすればいいんだろうなって」
お金は報酬としてもらっているし、ベッドも一日一個だけ、という制限を掛けられてしまった。
それ以外の時間というのが……本当に暇なのだ。
「好きなことをすればよいのだ」
「そ、そうだよね」
それが分からないのだが……そこまで聞くと自分の意思ではなくなりそうだから聞かなかった。
ここまで気を遣ってくれているんだ。迷惑はかけたくない。
「では、私は冒険者ギルドに行って依頼を受けてくる。またな」
「気を付けていってらっしゃい」
「ほっ……うん、ありがとう」
その場に残った俺は、何をしようか悩んで窓の外を見た。
「……仕事か。よし!」
*
やっぱり、俺は仕事をしていなければ気が休まらないらしい。
庭の手入れをしているメイドたちに話しかける。
「すみません! 俺にも仕事をもらえませんか? えーっと……」
名前が分からずにいると、自己紹介をしてくれる。
年齢的に執事のテットさんと同じくらいの女性だ。
「アルトさん、私はメイド長のアンナと申します。アルトさんは客人として扱っているんですから、ゆっくりしていて良いんですよ?」
「そう思ったんですけど……やっぱり仕事してないと気が休まらなくて、ハハ」
そう言うとメイドたちが涙ぐむ。
(あれ……なんで憐みの目で見られてるの?)
「グスン……奴隷の身から必死に駆け上がって、貴族の執事になったのに楽な生活ができなくて……辛い思いをしてきたのに……良い子すぎる……」
「え……」
奴隷の子って何⁉
なんか前に聞いた話と全然内容が異なっているような……。
「ダメダメ! 仕事なんかぜったいにさせない! 若いんだからいっぱい遊んでください!」
「あ、遊ぶって言ったって……」
「私が若い頃は火遊びをたくさんしたものです……そのせいであの旦那と結婚したんですから……」
「あの旦那?」
「テットは私の旦那なのです」
ほぉ……なるほど。
夫婦そろってイスフィール家に仕えているのか。
凄いな……。
話していると、メイドたちがやってくる。
「メイド長~、害虫が多すぎて手が足りません~これじゃあ野菜が全滅しちゃいますよ~」
他のメイドが涙ぐんで言った。
「それは困ったわね……一匹一匹駆除していては時間が掛かるし……」
「俺に案があるんですけど、良いですか?」
「え……?」
でも……と続く前に、俺は口を開く。
こういうことは何度もあった。
力になれそうな魔法が一つだけある。
「洗濯(ウォッシュ)の応用で、虫が嫌いなエキスを付与して水やりをするんです。すると逃げていくので、害虫に困りませんよ」
説明だけすると、メイド長とメイドたちが俺を囲んだ。
「本当ですか⁉」
「そ、そんな魔法があるんですか⁉」
「ま、まぁ……虫が庭で繁殖すると見栄えが悪いですからね……手入れにも時間を掛けたくないですから」
そのために生み出した魔法だ。
一番最初に開発した魔法が
目を輝かせたメイドたちに押されて、後ずさる。
「メイド長! ぜひ頼みましょうよ!」
「そうですよ!」
俺も笑顔で返すと、申し訳なさそうな顔つきでアンナが頭を下げた。
「うーん……すみません……アルトさん、頼んでもいいでしょうか……」
「えぇ、構いませんよ」
この人たちの力になれるのなら、喜んでやろう。
水バケツを持ってきてもらい、その水に触れる。
────洗濯(ウォッシュ)
害虫退治の【付与魔法(エンチャント)】も付けて……。
「この水を与えてください。肥糧にはなりませんが、害虫は絶対に居なくなるはずです」
「クンクン……レモンの香りがする……?」
「えぇ、害虫はレモンが苦手ですから、これで消えるかと」
実験した時、色んな匂いを水に付与した。唐辛子、腐った匂い
試した結果で一番レモンの香りが効果があった。
「な、なるほど……っ!」
アンナが指示を飛ばし、水を庭に与えていく。
「おぉ!! 確かに害虫が嫌がって逃げて行きます! メイド長! これなら野菜が無事育ちそうです!」
「良かったわ……っ! 野菜が高騰していて、あまり多くは買えないから……」
「野菜が高騰しているんですか?」
「えぇ、近頃、大量発生した暗黒バッタが作物や畑を喰い荒らして……うちも被害を受けたんです」
暗黒バッタによる被害はドラッド王国全体で起こっていると聞いたことがある。なんでも、上流の川沿いから大量発生し、街中へ降りて来るのだとか。
雑食でなんでも食べてしまう。防ごうにも数が多く、食べるにも身が少なく美味しい部分が少ないため本当に迷惑な虫だ。
そのせいで飢餓が起こる街もあるらしく、大問題となっていた。
「そうなんですね、俺の前に居た所では害虫だけじゃなくて、魔物も良く庭に出ていたので大変さは何となくわかります」
「ま、魔物が屋敷に……⁉ どうして⁉」
「アルコールフラワーというお酒の元を栽培してたんです。その花に魔物を刺激させるフェロモンがあったみたいで……」
「そ、そんなの常識ですよ⁉ だから王都の冒険者を雇って密封された部屋で栽培することが義務付けられているのに……っ!!」
「ご主人様の命令でしたから……ハハ」
まぁ過ぎたことだからあまり気にしてはいない。
それに魔物に対する知識も増えた。
「ハハって……どれだけ辛い過去をしてきたんですか……あれ? さっきのアルトさんが作った水……暗黒バッタも逃げて行った……?」
そのことに気付いたアンナが叫び声を漏らすよりも前に、俺の背後から声がかかった。
「へぇ……オリジナルの魔法に【付与魔法(エンチャント)】まで……凄いね、君」
声の主は二十前後といったところか。銀髪の見目麗しい青年が居た。剣を腰に携えて、ぱっちりとした双眸、明るくどこか雰囲気はウルクに似ていて、メイドたちが姿勢を正していた。
「フレイ様っ!! またご連絡もなくやっていらっしゃったんですか⁉」
「うん、サプライズ。嬉しい?」
「そんなサプライズは嬉しく御座いません。急いでお食事のご用意を致します」
「ごめんね、頼むよ」
メイドたちが解散し、俺が作った水をフレイは舐める。
「すっぱ!」と言いながら、笑っていた。
悪い雰囲気は感じず、接しやすい気さくな人に思える。
「俺はイスフィール・フレイ。ウルクのお兄ちゃんってところ。君、ウルクの客人のアルトだろう?」
貴族⁉
咄嗟にモードを切り替え、ピシっとした。
「お初にお目にかかります。こちらでお世話になっております、アルトと申します。このたびはウルク様に助けて頂き、こうして少しでも役立てればと仕事をさせてもらっています」
「あぁ、いいよいいよ。堅苦しいのはさ。俺もウルクと同じで嫌いだから、そういうの」
「は、はぁ……じゃ、じゃあ……これで良いのかな?」
暗に同じように接しろと言われているのだと思い、砕けた感じを見せる。
「うん、いいね。気に入った。じゃあアルト、俺と勝負しないか?」
「しょ、勝負……?」
「だって君、強いだろ?」
イスフィール・フレイはアルトへ模擬戦を申し込んでいた。
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