57.~ザッシュ視点〜/帰り道

 

 昼頃にザッシュは教会へ行き、行方不明になっていた弟へ祈りを捧げた。

 冒険者という稼業である以上は死と隣り合わせだ。悲しくないと言えば嘘になるが、こうなる可能性は覚悟していたことだ。


 アルトの誘いもあって、初めて貴族様の屋敷に泊まった。


 ここはゲリオット街のイスフィール家が持っている別荘らしく、とても綺麗に掃除されている。

 俺は流石イスフィール家だな……と驚いていた。


(イスフィール家といえば、清廉潔白で権力者の中の権力者だ……国王陛下からの信頼も厚いと聞く)


 この屋敷は凄く愛されている気がする……。

 普通、使われても居ない屋敷をこんな綺麗にするだろうか。


 それに……。


「ザッシュさん、教会で祈りはできましたか?」

「アルトか。あぁ、無事な」

「それはよかった」


 イスフィール家というだけでも凄いのに、極めつけはアルト、この男だ。


 若い身なりの癖に相当の手練れ。剣術だけじゃなく魔法まで使えるとくれば……間違いなくSランク級の実力はあるはずだ。


 少なくとも、俺の記憶には残った。


 アルトは一代限りの貴族だと聞いているが、その風貌も全く感じられない。

 腰が低くて、優しい。物凄く付き合やすい……。


 普通、貴族になったら威張ったり平民を馬鹿にするはずだ。


「このレーモンさんの別荘、凄く綺麗ですよね」

「そうだな……流石は大貴族様って感じだな」

「でも、ここはゲリオット街には必要なんですよ」

「おいおい、別荘なんか要らねえだろ? どうせ金持ちの自己満足だ」


 おかしなことを言うアルトに、俺は首を傾げた。 


 アルトが言う。


「ここはゲリオット街の貧困層に掃除してもらっているんです」

「貧困層……?」

「職を失った者や、身寄りのない子どもが稼げる仕事が必要だと」


 思わず俺は構え直した。

 そんなことのために、別荘を作って仕事を与えていたのか……?


「レーモンさんが、ここは救済処置だと言っていました」


 俺は目を見開いた。

  

「そうかい……そんな話は初めて聞いた」

「俺も初めて聞いた時は驚きました。それで別荘を建てるなんて……カッコいいと思います」


 曇りのないアルトに、確信した。


(コイツは将来、大物になるな)


 俺は政治の世界をよく知らないが、レーモンという人物は昔は相当怖い人だったらしい。

 

 アルトの前では『ほっほっほ!』と笑っているが、国民が食糧問題で窮地に陥った時、国王陛下に対して怒鳴りながら直訴したらしい。

 

 恐ろしいことを平然とする爺だぜ……。


 俺の生まれた故郷は悪徳領主が支配していたからな。今はどうなってるか知らねえが。

 でも、レーモンを間近で見ているアルトなら、きっと良い領主になれるだろう。


「アルト、お前が領主になったら俺も暮らすぜ」

「え……ザッシュさんがですか?」

「お前の領地なら、金儲けができそうだ」

「いえいえ、俺が領主なんてないですって!」

「なんだよ、知らないのか? 一代限りとはいえ、貴族は貴族。どこかしらに領地がもらえるんだ」

「そ、そうなんですか?」

「領地分配には時間が掛かるから、今は無理だろうがな」


 アルトは少し歯切れが悪かったが、俺は悪戯な笑顔を見せた。

 

(才能溢れる若者……それに良い奴だ。眩しいねぇ……)

 

「期待してるぜ、アルト様よ」


 *


 数日後、ザッシュさんと挨拶を交わして別れた。次の仕事があるらしく、違う街へ向かっていった。


 王国は精霊樹ファルブラヴ森林への調査隊を送るのと同時に、魔法騎士学園に通っている聖女へ結界の修復を依頼した。

 

 問題解決に一役買ったアルト及びイスフィール家の人々には多額の報酬と勲章が授与された。

 

 ゲリオット街への帰り道、馬車には行きと同じメンバーが乗っていた。

 後方の馬車に【神秘の蜜ダーオット】の茶葉を積んでいる。


 俺はその光景を見て、つぶやく。


「いっぱいだ……」

 

 ウルクが言う。


「そういえばアルトには言っていなかったな。近々お茶会があるんだ」

「お茶会って、貴族の奴だよね」

「そうなんだ。年に一度、イスフィール家で主催する物があるんだ。まぁ、王都ではないから小さな催しだから、アルトは気にしないで良い」

「ううん、俺も手伝うよ」

「……すまない、助かる。正直なところ、人手が足りていないんだ。今年はどうやら来賓が多いらしくてな……主に婦人たちはお前目当てらしい」

 

 ウルクが俺のことを指さす。


「俺? あっ……」


 王都での出来事を思い出す。

 

(そういえば、王都でミランダの友達がたくさんできたんだ……あの人たちが来るのか……)


 美容に関して容赦のない人たちだ。

 

 思い出して苦笑いする。


「わ、私も正直、あの婦人たちの相手は厳しい」


 ウルクの顔色が僅かに沈む。


「何かされたの?」

「あ、あぁ……昔、お母様たちに着せ替え人形にさせられてな……『可愛い、可愛い』って好き放題ドレスと化粧をさせられたんだ……」


 ウルクが拳をプルプルと握り締めている。

 疲れ果てたウルクの姿が脳裏に過る。


 本人にとっては相当嫌な記憶らしい。


「何が可愛いだ……私のような人間が可愛いはずないだろう……まったく」

「そんなことないと思うけど」

「……ふん、世辞は要らないぞ」


 世辞ではないのだが、こうなったウルクは何を言っても聞かないだろう。

 隣にいるレアが先ほどから「私も居るのに……」と恨めしそうにこちらを見ている。


(なんでレア王女殿下は機嫌が悪いんだ……?)


 それよりも、問題は婦人たちだ。王都の時のように、大騒ぎされたのでは迷惑になってしまう。

 悪い人たちではないんだけど、圧が凄いからちょっと怖いかも。


 なんか新しい美容品を用意しておいた方が良いか。

 どれが良いかな……。

 

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